無事なる男

敗北と死に至る道を淡々と書いています。

エレファントカシマシ

■1999/12/23@Zepp Sapporo
 レコード会社も移籍し、新曲「ガストロンジャー」を発表したエレカシ。しかもその新曲がとてつもない内容になっていた。ほとんど宮本浩次1人で作られた打ち込みサウンドにゴリゴリのハードギターがレイジばりのリフを刻む。そこに乗るのは宮本による歌ともいえない叫び。まさに絶叫演説。そうだよ、そうだ。これを待っていたのだ。デビュー時からエレカシというのはこういうバンドだったはずだ。その圧倒的な言葉とサウンドのポテンシャルで聞くものの襟をわしづかみにして「分かってんのかオラ、ああ?」と一人一人にらみつけてまわるような日本で最もタチの悪いロックバンド、だったはずだ。
 この10年間、ファンがエレカシの音に対して何か煮え切らないものを持っていたとしたらこの新曲にあるようなサウンドのダイナミズムだ。こいつらの、と言うか宮本の才能はこんなものじゃない、もっと凄いものを作れるはずだ、と言う確信があったからこそファンは彼らの作品に辛辣な意見を述べてきたのだし誰よりも宮本浩次自身が頭の中の音と実際のレコードとのギャップに苦しんできたのだ。(当然その才能が世間から受ける評価の低さに関しても)『ココロに花を』のアドバンス・テープを聞いてウォークマンを床にたたきつけたと言うのは有名な話だ。彼はいつでも自分の頭の中にあるなんだかわからないがとてつもない音をどうすれば再現できるのか悩んでいたのだろう。
 そして、そんな彼がほぼ80%くらいは行けたといったのが件の「ガストロンジャー」である。ここ最近のライブの噂を聞くにつれやれ「遁世」やっただの「ゴクロウサン」までやっただのとこれまで意識的に封印してたような昔の楽曲群を持ち出したり、そのたたずまいもかなり攻撃的になったという話だったが、この新曲のサウンドは原点回帰などという単純な言葉では表せられない。「ファイティングマン」「悲しみの果て」に続くエレカシ第3のデビュー曲というにふさわしいものだ。これをファンは待っていたのだしこの後に続くアルバムが一体どんなものになるのか、ただただ期待は膨らむばかりなのである。と、ここでは別にシングル評を書きたいのではなく、そんな期待感を胸に行ってきましたZepp札幌。最初会場の入りが少し寂しいかなとも感じたが開演前にはほぼ満員。
 1曲目。「Soul Rescue」「ガストロンジャー」のカップリングとして収められた曲で、やはり打ち込みビートを使ったダイナミックなサウンドだ。続いても新曲。タイトルは不明。これも機械によりシークエンスされたリズムにハードドライビングなギターが絡む文句なしのロック。この日演奏された新曲は全部で4、5曲あったが全部この系統。期待して良し!続いては何の前触れもなく「デーデ」「星の砂」と続く。やっぱりカッコイイよなぁ、この2曲。久々にライブで聞いたが、とにかく宮本の目つきがかなり危ない。一緒に行った女の子は「1曲目から怖かった」と言っていたがまさにガイキチのそれだ。これまた久々に聞いた「珍奇男」ではイントロのギターですでに弦を切っていた。頭悪いぞ。でも最高だった。この曲でのアコースティックからバンドサウンドがかぶさる瞬間のダイナミズムはエレカシ史上最高のカタルシスと言ってもいいだろう。
 宮本先生はこの日「じゃあ次古い曲行きますね」と何回も言っていた。そう、ほんとに古い曲が多かったのだ。「ゴクロウサン」「浮雲男」「花男」「too fine life」「シャララ」「甘い夢さえ」「真冬のロマンチック」等など。キャニオン時代の曲は覚えている限り「悲しみの果て」と「風に吹かれて」「旅の途中」くらいしか無かった。それほど偏った選曲だったわけだが、キャニオン時代の言ってみれば「優しい」エレカシを決して捨てたのではないと言うのが素直な感想だ。ある意味これほどわかりやすいエレカシは「悲しみの果て」以降なかっただろう。まず、MCの質が変わっていない(笑)。あの宮本先生そのままである。音だけが攻撃態勢剥き出しになってるが喋り始めれば失笑を買う。(それはそれでまずいような気もするが)それは新曲に対する圧倒的な自信によるものだろう。このサウンドの説得力さえあれば「孤独な旅人」も「四月の風」も「明日へ向かって走れ」もいらない、と言うことなのだろう。逆にこの日のラインナップに「今宵の月のように」が入っていたら浮きまくっていたと思う。それを残念がっていた客もいたようだがそんな奴らは置いていくぜという気概が今のエレカシからはビンビンに伝わってくる。しかしそれは一時期のように間違った方向へのマイナー化ではなく、「ガストロンジャー」とそれに続く新曲群という圧倒的な武器を手にしているのだ。こんなにすげえものぶらさげてんのにお前ら分からないのか?これに戸惑う奴は来なくていい。そんなテンションが張り詰めたライブだった。新曲のうち一つはまだ歌詞ができあがってなく、宮本の意味不明スキャットのみという荒業で披露されていた。「次やるときまでには歌詞作ってきますんで。すいません」といっていた。不完全な状態ですらこの新しく獲得した音を聞かせたくてたまらないのだろう。まるで子供のように無邪気な動機だがそんなピュアネスと攻撃性がこれからのエレカシの推進力になるのだと思う。2回のアンコールの後ラストに爆発した「ガストロンジャー」はまさにナイフ少年のようであった。このエレカシを待っていた。こんな宮本が見たかった。少なくとも僕的にはジャストなエレカシを始めて見たような気がする。と言っていいほどの内容だった。不満があるとすれば「ファイティングマン」と「奴隷天国」が聞きたかったということくらいだ。
 全てをなぎたおすべく動き出したエレカシの新章はアンプを蹴飛ばすところから始まった。
ガストロンジャー