無事なる男

敗北と死に至る道を淡々と書いています。

 オアシスというバンドは94年のデビュー以来、挫折を知らずにとにかく突っ走ってきた。名もないどこぞの馬の骨が「俺は俺でなくてはならない、他の誰にもなれはしないのだから」という意思のみを信じ、「俺はロックンロールスターだ」と叫んで、本当にその通りになってしまった。60年代、70年代にしか存在しないと思っていたロックンロールのマジックが90年代においても今だ有効だということを世界中に知らしめた、その点だけをとってもオアシスは歴史に名を残す重要なバンドであると僕は思っている。
 前作『BE HERE NOW』をノエル・ギャラガーは「失敗作」と言い切った。オアシスは今作で新たに始められなければならないと。僕は彼が言うほど前作が酷い出来だとは今でも思っていないが、デビューから一瞬たりとも休むことなく膨れ上がり続けた「オアシス」という名の風船が既に飽和状態にあるのは誰の目にも明らかだった。今作のレコーディング終了直後にオリジナルメンバー2人が脱退したという事実はある意味で象徴的だ。オアシスというバンドの性格上、メンバーが変わったところでノエルが曲を書き、リアムが歌う限りそれはもうオアシス以外の何者でもないのは分かっている事だから、メンバー交代自体はさほど心配してはいなかった。が、バンド内の関係が明らかにこれまでのものとは変化し、抜本的な改革が必要だったということなのだろう。
 そしておよそ2年半ぶりに世に出たオアシスの新作。これは凄まじい作品だ。プロデューサーが変わったとか音の感触がクリアになったとか表面的な変化はどうでも良くて、なによりノエルの書く曲が深く、心に刺さるのだ。前作で既にベクトルを失っていたどん底からの上昇曲線ははっきりとこれまで以上の高みを目指し、一つ一つの音階と言葉は「希望」という1点のみに向けて高らかに歌い上げられる。その希望も中味のない空虚なものではなく、一度底を見た人間のみが得る説得力に満ちている。個人的に本作のベストトラックは3曲目「WHO FEELS LOVE?」。「愛を感じる者全てに輝く太陽に俺は感謝する」というフレーズは感動的だ。そして最終曲「ROLL IT OVER」では「俺はここに残る.置いて行ってくれ」と歌う。この期に及んでまだオアシスは希望を歌うのだ、歌わなくてはならない、世界中にオアシスを聞く人間がいる限りオアシスはオアシスでいなくてはならない。そんな決意に溢れた作品だ。
 そして本作で特筆すべきはリアム・ギャラガーのペンによる作品が初めてアルバムに収録されていることだ。あの悪ガキがこんなに温かい曲を書くとは正直驚いた。兄ノエルが弟リアムを初めてソングライターとして認めたのだ。これだけで感動的な事件である。
 オアシスはロックの歴史上、唯一本気でビートルズになろうとして、そして実際最もそこに近い位置にいるバンドである。ついに彼らは「ヘイ・ジュード」まで手にしてしまった。そしてこれが最も重要なことなのだが、オアシスというバンドは過去のものではなく、今も存在しているのである。オアシスを聞いていると勇気が出てくるし、優しくなれるような気がする。特にこのアルバムはそうだ。