無事なる男

敗北と死に至る道を淡々と書いています。

マルコヴィッチの穴

 その穴に入ると、誰でも15分間だけジョン・マルコヴィッチになれる。このアイディアだけで勝ちだろうこの映画は。逆に言えばこの設定を笑えるかどうかでこの映画に対する評価は180度変わってしまうのではないだろうか。そもそも何故ジョン・マルコヴィッチでなければいけないのか。これがよくわからない。わからないんだけれども、一つ言えるのは、トム・クルーズブラッド・ピットではダメだっただろう、と思う。ジョン・マルコヴィッチというのは最高の微妙さ加減だ。
 この映画にはまともな人間がほとんど出てこない。皆、どこか倒錯して屈折している。唯一まともと言っていいのはジョン・マルコヴィッチ演じるジョン・マルコヴィッチ本人である。そのマルコヴィッチの視点を借りることで登場人物は、自分が何者であるかを確認する。のだけれども、そんな取って付けたような哲学的分析なんてこの映画には必要ない。そもそも、作った人間はそんなこと考えていない、と思う。「なに?15分だけジョン・マルコヴィッチになれる?そりゃあいい。最高にクールじゃないか。Yeah!」ってなもんだ。テンポのいいストーリー展開にまかせて、そのシュールな設定にのめりこめばいいのだ。
 もともとミュージックビデオやCMで注目された監督だけに、ワンカットの集中力とアイディアはすごい。けども、これが2時間近く続くと、やや冗長になるというか、最初の新鮮さが薄れてくるのが残念だった。映画として見たときにここだ!っていうクライマックスに欠けるのも欠点だ。でも、なんとなくもう一度見に行ってみたくなるような、クセになりそうな不思議な魅力のある映画。