無事なる男

敗北と死に至る道を淡々と書いています。

最前線への帰還。

瞬間と永遠

瞬間と永遠

 正直このアルバムを聞くと、ソロデビュー作だった前作がかすんでしまう。それは前作が悪いのではなく、本作がもっともっと素晴らしいものだからだ。昨年のツアーは基本的に前作に沿った雰囲気の中で行われたものだった。つまり、優しく温かくアットホームで、リラックスしたものだったということ。その中で本作に収められている曲もいくつか披露されていたが、本作のタイトル曲「瞬間と永遠」は歪んだギターと生々しいシャウトで、ブルーズが渦巻く熱い曲だった。アルバムでのアレンジはアコースティックなものになってはいるが、本作の基本的なモードは前述のような熱く、そしてエモーショナルなものだ。
 かと言っていきなりサウンドが攻撃的になったとか、ロックっぽくなったというわけではない。表面的にはあくまでも温かく、ピースフルで愛に溢れたサウンドだ。しかし、彼の立っている位置が前作とは全く違うと思う。サニーデイサービスというバンドは、優しく美しいものをそのままきれいに演奏するだけのバンドではなかった。美しいものが美しいと見えるのは周りに美しくないものがあるからだ。だから美しくないものの中に自ら入り込んで、美しさを際立たせ、逆に周りを侵食してやろうというくらいの気概があった。だから彼らの音は、演奏がヘタクソでも貧弱に聞こえたことはなかった。本作では、そういう曽我部恵一が戻ってきている。それがうれしい。愛する家族や好きな音楽に囲まれた生活の中で気の合うミュージシャンと一緒に日常の些細な出来事を趣味的に歌う吟遊詩人。曽我部は、そんなやり方で満足できるアーティストではなかったということだ。なんとしてもこの美しい音楽を、日常にある愛を世界に向けて放ってやろう、届けてやろうという強い意志を感じる。それが前作との大きな違い。ぶっちゃけて言えばサニーデイ『LOVE ALBUM』の次にこれが来ても全くおかしくないアルバムということ。
 本当の意味でのサニーデイ以降、はここから始まるという気がする。祝福したい。