無事なる男

敗北と死に至る道を淡々と書いています。

匠の世界。

MASTERPIECE

MASTERPIECE

 僕はフミヤの才能というのは本当に底が知れないと思っていて、前作『Time To Go』の感想の中で「この人クラシック書けって言ったら書けちゃう」くらいだと書いた。そしたら本当にこのアルバムのオープニングとエンディングでオーケストラを鳴らしてしまった。参りました。そのOPとEDだけでなく、本作には生音が大きくフィーチャーされている。ドラムもギターも実際に演奏した音を拾っている。非常にオーガニックなサウンドになっていて、今まで以上にリップの体温を感じるアルバムだ。このアプローチはシングル「Dandelion」からスタートしたものと思われるが、MCが入ることを前提に作ってあるとは言え、それでもトラックは割と全体に隙間が多いと思う。しかし、ここに何かを足そうと思っても足せない完璧さを誇ってもいる。「あれも入れちゃえ、これも入れちゃえ」的な遊びの要素が少ないアルバムだと思う。実はあるのかもしれないけど、結果的にそこにしか在り得ないような定位置に全ての要素がきっちり収まっているような印象。彼らのバランス感覚の良さを改めて感じさせる。
 「黄昏サラウンド」は「One」に通じるセンチメンタリズムを持つ、リップというかPESその人の核心をそのまま形にしたようなナンバー。子供の頃に見た夕焼けを思い起こさせたりもするし、ふと1人の部屋で感じる寂しさを思わせたりもする。日本人的なワビサビとも言える微妙な心象風景を刺激してくれる曲。リップの音楽がこれだけ楽しいのは、パーティーの後の寂しさを知っていて、それもきちんと形にするからだ。それは僕が音楽を聞く時に信用できるかどうかを判断する絶対的な基準の一つでもある。光がどれだけまぶしいかは影がなければわからないのだ。
 本作では特にそう思うけれども、もはやリップはヒップホップがどうということではなく、単純にポップスとして優れたものであるかどうかというところで語られるべきなんじゃないかという気がする。そのくらいナチュラルに耳に入ってくる。それがいいのか悪いのか正直わからないけれども、個人的には素晴らしいことなんじゃないかと思う。結果としてヒップホップとしてもすごいものになっていると思うので。