無事なる男

敗北と死に至る道を淡々と書いています。

スガシカオ、充実の残り香。

TIME

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 前作『SMILE』からは約1年半ぶり。その間ツアーをやり、ライブアルバムを出し、今年に入ってからコンスタントにシングルを出していたことを見ると制作期間は短く、ほとんど休みなしでこのアルバムに取りかかっていたと思われる。昨年始めに見たシングルコレクションツアーのときに、僕は現在のツアーメンバーとともに出すサウンドの充実ぶりはここがピークなんじゃないかと思った。スガ自身それを自覚しているからこそ、ライブベスト的なアルバムを出したのではないかと。次に出してくる一手はそこから新しいものを出すか、それともこの充実を反映したものになるか、ということだと思うのだが、後者だった。実際のレコーディングはバンド形式ではなく森俊之やエンジニアなど最小限のメンバーでの密室的なものではあるのだけど、沼澤尚間宮工などツアーでおなじみのメンバーも参加しているし、バンドで鳴らしたときの音を確実に意識したような作りになっている。端的に言えば、音的に目新しいものはほとんどない。もっと言えば、個人的には『SMILE2』みたいなものだと思う。今のほとんど完成したと言っていいこの世界をもう少し満喫したいという感じのアルバムだと思った(単純に制作期間が短かったからというのもあるかもしれない)。
 しかし、同じことを繰り返すというのはポップの世界では自殺行為である。リスナーは常に前よりも強い刺激を求めるものなので同じ位置にとどまるということは停滞どころか後退とみなされてもおかしくはない。じゃあ、このアルバムがそうかというとそんなことはない。楽曲の完成度が高い。前作も素晴らしいと思ったけど、このアルバムを繰り返し聞いていくうちにここに納められた10曲の飽きなさ加減はなかなかすごいと思うようになった。既視感を伴うフレーズもあるが、微妙にメロディーの広がりやコード進行がそこからズレて新鮮な感覚とともに伝わってくる。本能的なものか意図的なものかはわからないが、このアルバムを単なる続編から逸脱させているのはスガシカオのソングライターとしての進化だと思う。アッパーとダウナー、メジャーとマイナーといったバランスもよい。シングルが3曲納められているが、特にそれが突出しているということもなく、トータルで味わうべきアルバムだと思う(スガシカオは全部そうだといえばそうなのだが)。
 失恋がテーマの歌で相手を家畜に例えてしまうなど、イキきっている歌詞もすごい。かつてエレファントカシマシの宮本は女性のことを「ペットのようなら飼ってもいい」と歌ったことがあったがそれに匹敵するものだろう。ただ、当時世捨て人のようであった宮本に対してスガシカオはライブでは黄色い声援を受けるようなポジションの人である。そういう人がポップスの王道とも言えるラブソングの中で恋愛に対する究極のニヒリズムを具現化してしまうのは、本当に気持ちいい。