無事なる男

敗北と死に至る道を淡々と書いています。

化ケモノ青年たち。

エレファントカシマシ コンサートツアー“今をかきならせ”
■2006/06/26@渋谷AX
 新作発売を目前にした3月初頭にドラムのトミが病気で倒れ、しばらくライヴをキャンセルせざるを得なくなってしまったエレカシ。病状が心配されたトミも無事復帰し、待ちに待った新作を引っさげてのツアーである。宮本は黒シャツ黒ズボンで登場。一時期より髪は短めで表情がはっきり見える。しかし一番の歓声を受けていたのはトミだった。そりゃあそうだろう。療養中運動できなかったので少し太ったようだ。
 1曲目は「地元のダンナ」。鬼のような形相で丸坊主の石くんが大きくガニ股でリフを弾きまくる。もうこれだけで十分カッコいい。石くんのギターの魅力はやはりリフの強力さである。最近は宮本が石くんにギターを任せてしまうことが多く、個人的にも嬉しいし、絶対その方がバンドのアンサンブルも安定すると思うのだ。トミのドラムは以前のように不安定さが露呈することもあったが、宮本はそれを叱責するでもなく、ボーカリスト、フロントマンとしての役割に徹していたように思う。以前からすると気持ち悪いくらいのメンバーを怒らなさ具合である(変な日本語)。2曲目は意表を突いて「So many people」。そして続いては「デーデ」。挙句に「男は行く」である。おいおいこれは新作のツアーじゃないのかよ、とツッコミたくなるようなセット。しかし、この「男は行く」が完璧に素晴らしかった。前にこの曲をライヴで聞いたのがいつなのか思い出せないくらいだが、バンドの演奏と宮本の声が完全に拮抗した時にこれほど破壊力があるのかと驚いた。この曲に限らないが、この日演奏された古い曲は軒並み素晴らしかった(後述するが、「遁世」は除く)。かつては宮本の詩と声だけが曲を牽引していたのに比べ、今はビルドアップされたバンドアンサンブルが宮本を支えるのみならず、曲の魅力を最大限に引き出すことができる。「デーデ」のようにやり慣れた曲よりも、この「男は行く」のように滅多に聞けない曲の方が今のエレカシの力を顕著に見せてくれる。
 「理想の朝」「すまねえ魂」「甘い絶望」と、新作からの曲が続く。演奏が良いので普通に気づかなかったが、宮本自身の声も非常に伸びがあって良かった。かつてはリハーサルで全力を出してしまうがために本番で高音が出なくて声もガラガラ、などということも珍しくなかったが、この日は全編ほぼ完璧だった。「歌上手いじゃん!」などと全くいまさらながら思ってしまうほどだった。それゆえかどうかは分からないが、宮本はギターを持たない時にはタンバリンを叩いたりしてご機嫌そうだった。「久しぶりに歌詞見たらなんかすごい難しくてびっくりしちゃったよ」などと実も蓋も無いコメントで始まったのは『奴隷天国』から「おまえはどこだ」。これも前述のように、新鮮な驚きを伴って聞こえてきたのだった。売れない時でも実はいい曲いっぱい書いてたんだよな。「よろしければもう少し古いのを」と言って歌い出したのが「遁世」だった。こりゃあ珍しい、と思っていたのだが、どうも宮本は歌詞や曲の展開がかなりあやふやだったようで、オリジナルは12分ある曲だがたぶん半分くらいで終わっていたと思う。この人はたまにこういうことがある。完璧な生「遁世」、聞きたかったけどな。でもまあ、これもご愛嬌と言えるくらい、この日のライブは素晴らしいものだった。
 「遁世」の余韻を引きずったまま始まった「人生の午後に」から「シグナル」への展開は、演奏のテンション、緊張感、そしてそれが解放される瞬間まで、間違いなくこの日のクライマックスだった。新作の、そしてここ数年の宮本のテーマである人生への哲学と悟りを音として、ロックとして出し切った10数分間だったと思う。絶望から光まで、今のエレカシが持てるダイナミクスを全てつぎ込んだかのようなとてつもない演奏だった。泣けた。「今をかきならせ」「ガストロンジャー」でラストの大盛り上がりの後、本編最後に持ってきたのは「今宵の月のように」だった。正直、なんてベタな構成だと思ったが、新作のテーマをきちんと出し切れているからこそ、この曲をこういう場所に持ってこれるのじゃないかと思う。かつては「今宵の月=エレカシ」と思われることを頑なに拒んだ時期もあったが、今の宮本はそんな過去すらも許せてしまっているのかもしれない。新作の終曲を演奏しない代わりにこれを持ってきたのかも、と邪推したくなってしまった。
 アンコールでは白シャツに着替え、デビュー作から「てって」という、これまた珍しい曲。同じくデビュー作からの「やさしさ」も、40歳の宮本が声を振り絞って歌うからこそ、曲本来の魅力がさらに抽出される感じがした。身を切られるような切ないブルース。ラストはもう持ってけドロボーと言う感じで「ファイティングマン」。普通おっさんのバンドがデビューの時の曲をやったら、サイズの違う服を着るようにおかしな感覚になるものだと思うのだけど、エレカシの場合はライヴで聞く印象が変わったことがほとんど無い。いつでも、その時のエレカシを代表する曲になり得てしまう。逆に言えばエレカシが常に「ファイティングマン」の似合うバンドであり続けたと言うことだろう。それがどれほど稀有なことか。
 18年前にこの曲のイントロを聞いた時からエレカシと僕の関係は始まってしまった。そして今、宮本40歳。オレ34歳。いまだ顔を合わせる度に拳上げてオーイエーである。こんな人生も悪くない、と、今は素直に思えるようになったのだ。

■SET LIST
1.地元のダンナ
2.So many people
3.悲しみの果て
4.デーデ
5.男は行く
6.理想の朝
7.すまねえ魂
8.甘い絶望
9.おまえはどこだ
10.遁生
11.人生の午後に
12.シグナル
13.今をかきならせ
14.ガストロンジャー
15.今宵の月のように
<アンコール>
16.てって
17.化ケモノ青年
18.I don't knowたゆまずに
19.やさしさ
20.ファイティングマン