無事なる男

敗北と死に至る道を淡々と書いています。

世界の中心で愛を叫んだけもの。

アルトコロニーの定理

アルトコロニーの定理

 RADWIMPS、約2年3ヶ月ぶりの5作目。前作発表後、リリースとしては2008年頭にシングル「オーダーメイド」を出しただけであり、かなり難産の末に製作されたアルバムであることが想像できる。なぜ難産だったのかということは作品を聞くとよく理解できる。端的に言うと、今までのRADWIMPSとは全く違う地平でこれらの曲は作られ、鳴らされているのだ。
 野田洋次郎の書く曲(ラブソング)が現実に存在する一人の女性に対して歌われたものであるということはファンならずとも周知の事実だと思う。それはつまり一対一の人間関係を角度を変え視点を変え時空を超えて表現していたということであり、どんなにすごい曲がそこで生まれたとしても基本、閉じられた世界の中の話なのである。そんな閉じた世界の中の話を普遍的な物語として万人に浸透させる力を持っていることが、RADWIMPSが、つまりは野田洋次郎の曲が素晴らしい所以なのである。
 このアルバムではそういう閉じた世界の曲もあるが、それ以上にもっと踏み込んで世界そのものを歌っている。「君」がどんなに素晴らしい人間か、僕と「君」が出会ったことがどんなに運命的なものか、奇跡的なことか、ということをアルバム4枚費やして歌ってきた野田が、本作では僕と君がいるこの「世界」について歌っている。なぜ、世の中の人々は僕と君のように愛し合えないのだろうか。なぜ、君のように素晴らしい人間が他にいないのだろうか。なぜ、世の中は矛盾に満ちて汚れているのだろうか。そんな疑問が、特にアルバム後半に行くに従って重い言葉で語られていく。本作のラスト「37458」では「このなんとでも言える世界がいやだ/何の気なしに見てたい ただそれだけなのに」と世界の理不尽さに対する拒絶が歌われる。しかし、それでもアルバムが暗く沈んでしまわないのは野田が最後まで「愛」そのものを、そして人間を決して疑っていないからだと思う。ここまで踏み込むためには自分自身の足元がフラついていては絶対に表現として成り立たないと思うが、自分という人間の始まりを歌った「オーダーメイド」がアルバムのスタート地点だと思うと非常に納得が行く。
 本作で語られているテーマは非常に重い。しかし、決して聞きにくくはない。野田洋次郎というソングライターと、RADWIMPSというバンドの底力が伝わってくる力作だと思う。幅広い音楽性を実現するバンドの力量はもともと高いとは思っていたが、このタイトな演奏がなければ本作の世界観は成立しなかっただろう。特にベースの表現力には驚いた。