無事なる男

敗北と死に至る道を淡々と書いています。

宿命の声。

Crying Light

Crying Light

 アントニー・ヘガティ率いるアントニー&ザ・ジョンソンズの3作目。彼らのアルバムを聞くのはこれが初めてだったが、アントニーはビョークの『ヴォルタ』を始め、印象的な歌を聞かせてきた人だったので興味はあった。改めてアルバムを聞いてみると、この声は本当に素晴らしい。中性的な響きを持つ柔らかな声はふくよかに空気を孕み、耳ではなく脳に直接働きかけるかのように鮮烈に響く。アコースティックな楽器をバックにして緩やかに奏でられるアンサンブルは大衆音楽の域を超え、もはやクラシックと言っても良いほどの普遍性を持っている。
 この音楽は悲しい。哀しい。しかし、決して絶望してはいない。それは、アントニー自身が音楽に救われ、音楽によって生を与えられたことを実感しているからだ。アントニーという人の孤独が何によってもたらされているのか、僕には想像することしかできない。しかし、この声があるから私は世界と繋がっていられるという、そんな孤独な魂への救済が、この音楽に神々しいまでの輝きを与えているのではないかということはわかる。もちろん、この音楽を聞いた孤独な魂がそれだけで救われるものでは無いが、一筋の光明を与えてくれるものであることは確かだろう。母親のように温かい包容力を持っているように感じられることがそれを示している。
 この声は孤独であり、唯一無比の響きを持っている。音楽に救われ、この声で音楽を鳴らさなければならない宿命を持った声だ。安易な連帯を拒否し、自分を見失わず世界と対峙する声だ。ジャケットは100歳を超えてなお活動し続ける舞踏家・大野一雄の写真である。まさしく、本作のジャケットに相応しいと思う。そしてこの声はどんなに温かく優しくとも、厳しさと激しさを同時に内包している。こんな声の持ち主を一人思い出した。ジェフ・バックリィである。彼もまた音楽に救われ、そして音楽に殉じた一人の孤独な魂であった。