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無事なる男

敗北と死に至る道を淡々と書いています。

フルパワー。

三文ゴシップ

三文ゴシップ

 椎名林檎、ソロとしては『平成風俗』以来約2年ぶりのアルバム。曲も、ジャケットも、美しいシンメトリーな曲名の並びも、全てが完璧にパッケージングされている。『平成風俗』が斉藤ネコ氏との共同作業であり、映画のサントラ的側面を持っていたことを考えれば、純粋なソロとしては『加爾基 精液 栗ノ花』以来の完成度だと思う。
 レコーディングには斉藤ネコ東京事変のメンバー、SOIL&"PIMP" SESSIONS、ライムスターのMummy-Dアコーディオン奏者のcoba等様々なメンバーが参加しており、ジャズやビッグバンド風のゴージャスなアレンジも多い。いわゆる通常のロック/ポップスの文脈からは逸脱したようなアレンジの曲が並んでいるが、不思議とすんなりと耳に入ってくる。彼女の声や詞、メロディーなど、彼女の曲を構成している「椎名林檎の世界」としか言いようのないものが、すでに日本のシーンの中で一つのジャンルとして確立しているということなのだろう。これだけ自由に、全方向的にエネルギーを発散しているアルバムは椎名林檎の作品としては初めてじゃないだろうか。
そして、椎名林檎の作品の中で、これほど「女」を感じさせるアルバムはなかったんじゃないかという気がする。何を言ってるんだ、椎名林檎はいつでも女性性を作品の前提として、作品を作ってきたじゃないかと言われればその通りなのだが、ちょっとニュアンスが違うのである。分かりやすく、下世話な言い方をするならばより「雌」性が強いと言うか、本能としてのメス、女、雄じゃないもの、人間の半分を占める男じゃない生き物としての女性。そういう根本の生物学的な生理を本作にはより強く感じる。抽象的な感想なんだけど。男には理解できない世界がそこにはあって、個人的には椎名林檎のそういう部分にある種の神秘性を感じて惹かれているところが強い。そんな中、いちアーティストとしての来し方行く末を見つめ直し、確固とした決意を持って音楽に向かおうとする「凡才肌」の歌詞が強く印象に残る。
 これだけのものを作ってしまうと、いよいよ東京事変というバンドの存在意義が曖昧になってきてしまう気もするのだけど、ソロだろうが事変だろうがどういう形態であれ、椎名林檎としての軸がブレずに音楽を作ってもらえればそれでいいと思う。そして、それができると確信させるだけのアルバムになっていると思う。