無事なる男

敗北と死に至る道を淡々と書いています。

今だから四輪走行。

ムーヴ・ライク・ディス

ムーヴ・ライク・ディス

 カーズである。カーズ、ワムウ、エシディシのカーズである。厳密にはそのカーズではないが、その元ネタになったカーズである。今ではカーズというとピクサー社の3Dアニメーション映画だろうが、少なくとも80年代にカーズと言えばこのボストン出身のバンドを指していた時期が確かにあったのだ。
 1988年の解散以降、リック・オケイセックはソロ活動の他、ウィーザーのプロデューサーとして一時脚光を浴びたが、それ以外のメンバーの活動はあまり日本には入ってこなかった。80年代MTVブームの中、魅力的なPVとアメリカ的なジャケットワークで人気とセールスを獲得したバンドながら、日本での評価や人気はあまり高くなかったと思う。シンプルでエッジの利いたロックンロールとポップなメロディー、それを絶妙なニューウェーブ感で料理した都会的なサウンドは当時チャートの最先端を走っていた。それが時代に追いつかれた感のある1987年の『ドア・トゥ・ドア』を最後に、カーズは走るのをやめてしまったのだった。
 リックと共にヴォーカルを担当していたベンジャミン・オールが2000年にすい臓癌のために逝去し、再結成の可能性もなくなったかと思ったが、2011年にもなって残り4人のメンバーでカーズが再結成するなど、正直全く予想外の出来事だった。リックによれば今回の楽曲がソロではなく、どうしてもカーズの再結成を求めてきたからだと言う。その言葉通り、24年ぶりの新作はグッドメロディーとエッジーなロックンロールを持つカーズそのものであり、還暦を越えたリックのヴォーカルも溌剌としている。特に「ブルー・ティップ」「フリー」「ヒッツ・ミー」など、ジャックナイフ・リーがプロデュースした曲はキーボードの音色やシンプルなアンサンブルなど、全盛期のカーズそのままと言っていいものが多い。ジャックナイフ・リーにしろ本作のミックスを行ったリッチ・コスティにしろ、カーズをど真ん中で聞いてきたであろう世代の人たちだと思う。彼らのようにバンド本人よりもカーズのことを知っている世代のカーズへの愛情も本作の絶妙なスパイスとなっているように思う。
 ベンジャミンの声が聞こえないことだけが寂しさを募るが、それ以外は嬉しい驚きと言っていい復活劇だ。この再結成が今回限りなのか、この先も続くのかはわからないが、これを機に再評価の機運が高まってほしいと思う。まずは1985年のベスト『グレイテスト・ヒッツ』からどうぞ。
グレイテスト・ヒッツ

グレイテスト・ヒッツ