無事なる男

敗北と死に至る道を淡々と書いています。

本当のリアルはここにある。

ユグドラシル

ユグドラシル

 バンプ・オブ・チキンというバンドは非常に現実的なバンドだ。架空のストーリーを描くこともあるが、それは対比として目の前の現実を浮き彫りにするためのものであって、決してその空想の物語の中に逃避することはない。今までもそうだったが、本作においては本人達が意識的にそれを全面に出したのではないかというくらいにはっきりと彼らのリアリスティックな部分が現われている。
 もしかしたら聞いた瞬間拒絶反応を示す人もいるんじゃないかと思うほどに鋭く厳しい言葉が並んでいる。「乗車権」や「ギルド」はそうだろう。生きることにも死ぬことにも甘えは許されない。自分が生きることそのものの理想。それを求めて具体的に行動するのが人生。そうでないやつは…知らん。少なくとも自分の人生には関係ない。そんな、求道的ですらあるストイックな認識が全編に漂っている。そのためには、自分が大切だと思っていたものを捨てることもあるだろう。たった一つ掴むためにいくつでも失うこともあるだろう。しかし、そこで立ち止まっては何も得られない。逆に、その悲しみや涙と引き換えにして前に進むのだと彼らは言う。どうなんだ。この覚悟、腹の括り方。胡散臭い意味ではなく、本作の歌詞にはどことなく宗教的な臭いすら感じられる。それほどに藤原基央は自分が描くべきものをはっきりと認識したのだろう。つまりは「悟った」のだ。特定のキャラクターの生と死と通して真理を描き出すのではなく、真理そのものに触れてそれを形にすること。このアルバムで藤原の目指したソングライティングは簡単に言うとそういうことじゃないかと思う。過去の楽曲の中にはメロディーやコード進行がやや歪な場合もあったが、今作にはそれが全くない。これ以外に形がありえないというくらい、どの曲も完成されている。中でも「embrace」や「太陽」などはスタンダードな臭いすら感じさせるスケールの大きな曲になっている。「fire sign」は過去の自分たちの楽曲を引き合いにしてこれから進むべき道と過去の自分たちとの接点を示していて、割と前作までのスタイルに近い。「レム」は本作中最も静謐なナンバーであると同時に最も辛辣な言葉が並ぶ曲だが、「悟って」しまった以上、ファンに対しても回りのバンドに対しても自分たちに対しても、どうしてもこれだけは言っておかなくてはならないものだったのだろう。この辛辣な言葉の裏にある決意と悲しみはとてつもないものだ。並のバンドならここで終わってしまうんじゃないか。本作中に無駄なフレーズはひとつとしてないが、いちいち取り出すまでもなく過去のアルバム中最もヘヴィーであり、それゆえに最も強い光を感じさせるアルバムでもある。
 これだけのヘヴィーな内容を受け止めるためには当然その分音楽的な充実も求められる。彼らはそこにも真っ向から対峙した。「これでいい」ではなく「こうでなくてはならない」ところまで絶対的に必要な音を求めて突き詰めていった結果がこのアルバムだろう。できることをやるのではなく、やらなければならないことをやる。音楽に限らず、自分の信じるものを表現する芸術家はすべからくそうでなくてはならない。自分の持っているものなど所詮タカが知れている。そこからどれだけ踏み出せるか、その覚悟があるか。ここにも、ミュージシャンとしての彼らの決定的に現実的なスタンスが溢れている。
 あまりにも壮大なアルバムだし、これまでのファンの中には彼らが遠くに行ってしまったという感想を持つ人もいるかもしれない。しかし、それは違う。あなたが勝手に勘違いしていただけで、最初からバンプ・オブ・チキンはあなたの思っているようなバンドではなかったんですよということだ。そんな厳しい認識を聞き手にも突きつけてくる、踏絵のようなアルバム。ここまで音楽の力を信じ、透徹した意思を貫き通したアルバムには滅多に出会えないと思う。本当に素晴らしい。