無事なる男

敗北と死に至る道を淡々と書いています。

希望に辿り着いたR&R Night。

佐野元春 and The HOBO KING BAND THE SUN TOUR 04-05
■2004/12/16@札幌市民会館
 『THE SUN』というアルバムは本当に素晴らしかった。個人的には2004年に聞いた日本のロックアルバムの中で1番と言ってもいい。成熟というものともまたちょっと違う、長い年月を経なければ決して出せない、しかし若々しく漲るようなエネルギーと鮮烈さがそこにある。優しく包み込むと同時に聞き手に対話を求めてもくる。そして何よりも今、2004年に語られるべきストーリーを綴った、時代に対する明確な存在意義をもつアルバムであったと思う。(同じような感覚を僕はこの後U2の新作にも感じることになる)
 そんな傑作を引っさげてのツアーである。デビュー20周年のアニヴァーサリーツアーの後も、佐野元春はツアーを行っていた。この24年間、彼の音楽は常にツアーの中で発展し、その意味を確認し、聞き手との距離を計ってきた。このツアーを通じて『THE SUN』というアルバムがどのように広がっていくのか、ワクワクしながら会場に足を運んだ。コンサートは以前のアルバムからの曲を演奏する前半と、『THE SUN』アルバムの曲のみで構成された後半の2部構成だった。間に休憩を挟んだのだが、イーグルスの時とは違い、明確にその時間を置かなければならない理由があるものだった。まず前半、いきなりの「バック・トゥ・ザ・ストリート」で驚いた。これだけのキャリアをもつベテランが、コンサートの1曲目でデビューアルバムの曲をやるのである。しかもそこには昔を懐かしんだり誰もが聞きたいヒット曲をやるというような意識は全くない。溌剌と、この曲を自分が今ここで歌う意味があるからやっているのである。すごいことだ。「So Young」「Happy Man」など、20年前の曲が次々と演奏される。20年が経ち、様々なことがあったが、それでも自分は音楽をやっている。今もこの曲を歌うことに何の迷いも嘘もない。そんな元春の確信ががっちりと伝わってくる。しかし、20年である。会場には恐らく元春がデビューしたときには生まれていなかったという新しいファンもいただろう。だからこそ、「僕は大人になった」のような曲がすごく意味を持つものになっている。『TIME OUT!』というアルバムは当時自分にとってはあまり入れこんだアルバムではなかったけれど、今になってみると非常に素直に入ってくる。「僕も大人になった」ということか。「99ブルース」の持つメッセージは今の時代においても非常に有効に機能しており、そのエッヂは全く錆びていない。どころか、むしろさらに研ぎ澄まされている感すらある。「インディビジュアリスト」はオリジナルよりテンポを落としたアレンジで、元春の進化と成長を反映しコンテンポラリーな意味を持たせるべく試行錯誤した跡が伺える。元春という人がすごいのは自分がイノベイトした音楽のスタイルに寄りかかることなく、常にそこから逸脱しさらに発展させ続けてきたという所だ。懐かしい曲を聞きたいファンも満足させつつ、自分の持つ時代性、現役感覚をも満足させられるアーティストは本当に少ないと思う。
 約15分間の休憩の後、後半が始まる。ステージには『THE SUN』のカバーにもあったレンガの壁がセットされ、視覚的に否が応にもその世界をイメージさせる。「月夜を往け」のイントロで、一瞬にして空気が変わる。窓を開けた途端風通しが良くなり部屋の空気が清々しくなるような感覚。あのアルバムのイメージは僕には「光」とか「希望」とか、とにかく目の前を遮るもののない純なもの、というのがひとつある。それは現実は決してそうではないけれども、それでも生きていかなければならないし、進んでいかなければならないんだ、という真っ直ぐなメッセージが込められているからなのだと思う。「恵みの雨」で僕は泣いてしまった。30過ぎて独身の勤め人で、この曲に背中を押されない人間が果たしているだろうか。「答えはまだなくていい 錆びてる心に火をつけて Sha la la la la 我が道を行け」
 全曲ではないが、『THE SUN』からの曲を丹念に演奏していく。それだけでもう感動的なのだ。何度でも言うが、このアルバムは本当に傑作だ。聞いてない人は今すぐにでも聞いた方がいい。必ず自分のストーリーがそこにある。元春のコンサートはステージと客席との関係が非常に密接なものだ。前半に比べれば1曲1曲大歓声が上がったり大盛り上がりするわけではないのだけれど、この後半ではより強くそれを感じた。つまりそれはステージで繰り広げられる『THE SUN』の世界の中に、客席の一人一人が自分自身を見つけることができるからなのだと思う。2004年の日本という国のサウンドトラックとして鳴っているからこそこのアルバムは傑作であるのだ。そして、その物語は終曲「太陽」で希望への願いとともに大団円を迎える。壁の後方からまさに太陽が昇るように照明が照らされ、ステージと客席を光が包む。また涙が僕の頬を流れた。
 アンコールでは再び懐かしい曲を演奏していた。時期的にちょうどいいということで「聖なる夜に口笛吹いて」が聞けたのがとても嬉しかった。「悲しき Radio」の後、カーテンコールの中鳴り止まない拍手に元春はじめメンバー達が円陣を組み内緒話。ざわつく会場に向って元春が「シーッ!」。そして最後にもう1曲「彼女はデリケート」を演奏し、約3時間のコンサートは幕を閉じた。元春がこれまで歩んできた道程を確認しつつ、新作で提示した新たな一歩をしっかりと自信を持って届けていることがよくわかった。元春の声がやや前に飛んでいないのが気になったが、THE HOBO KING BANDの面々がそれを補って余りある演奏をしていたことも見逃せない。
 感動だった。ライヴやコンサートでここまで心を揺さぶられる体験というのは実はそうそうあるものじゃない。勇気をもらった。2005年も僕はまた生きていく。やるせない日々の暮らしに恵みの雨を信じて。

■SET LIST
1.バック・トゥ・ザ・ストリート
2.So Young
3.Happy Man
4.ヤァ!ソウルボーイ
5.僕は大人になった
6.また明日...
7.風の手のひらの上
8.99ブルース
9.インディビジュアリスト
<休憩>
10.月夜を往け
11.最後の1ピース
12.恵みの雨
13.希望
14.地図のない旅
15.観覧車の夜
16.君の魂 大事な魂
17.明日に生きよう
18.DIG
19.太陽
<アンコール1>
20.Bye Bye Handy Love
21.アンジェリーナ
<アンコール2>
22.クリスマス・タイム・イン・ブルー
<アンコール3>
23.悲しきレイディオ
24.彼女はデリケート