無事なる男

敗北と死に至る道を淡々と書いています。

早熟なる円熟。

ULTRA BLUE

ULTRA BLUE

 「宇多田ヒカル」のオリジナルとしては実に4年ぶりのアルバムになるわけだけど、やはりすごい密度だ。ミュージシャンとしての進化に伴い、彼女自身がアレンジやプログラミングを手がけることが多くなってきていたが、本作においてはほとんど全てが彼女自身の手によるものになっている。密室的に、ほとんど宅録と言ってもいいようなプロダクションで基本は作られているのだろう。その分余計な贅肉はそぎ落とされ、必要な音だけが鳴っているという印象を受ける。そして、それは歌詞においても同様で、直接的にラブソングの形をとっていようがそうでなかろうが、その全てがとてつもない強度を伴って刺さってくるのである。言ってみれば、このアルバムの歌詞は宇多田ヒカルという人の人生哲学をそのまま多面的に捉えたようなものであり、それに対していちいち聞き手の心理がぐらんぐらんと揺り動かされてしまうのである。ちなみに個人的に最もキたフレーズはこれ。

幸せとか不幸だとか
基本的に間違ったコンセプト
お祝いだ、お葬式だ
ゆっくり過ごす日曜の朝だ

 「うそも本当も口を閉じれば同じ」と歌った16歳の頃から、その歌の世界観は基本的に変わっていない。むしろ人生経験を積んだことで、その視点はどんどん深く、そして覚めていっている(僕は以前、「彼女に足りないのはセックスの要素だけだ」と書いたことがあったが、今に至ってはそんなところすら超越してしまっている)。1stアルバムからこの人の進んできた道程は1直線である。ぶれていない。非常に稀有なアーティストだと思う。(実際はいろいろあるのだろうが、音楽として現れる時点では、という話)3年前のシングル(「COLOR」)が収録されているのに、浮いて聞こえないところからも、彼女の曲作りが一貫していることが伺える。
 日常の些細な風景を叙情的に切り取ってそれらしくきれいに歌うだけの歌手なら掃いて捨てるほどいる。しかし、そこから人生の暗黒面を掘り出して真実を突きつけるような(そしてそれだけしか歌わない)アーティストが、どれだけいるだろう。しかもそれが万人に開かれたポップスとして巨大なセールスを記録するわけである。もはや犯罪に近い。人生経験を積んだ、といってもまだ彼女は23歳である。ヘタすれば新社会人か、くらいのものだ。こんな新人がもし部下として入社してきたら、仕事しにくいだろうなあ、と思う。(サラリーマンですみません。夢がなくて。)