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無事なる男

敗北と死に至る道を淡々と書いています。

ここまで、きた。

世界のフラワーロード(DVD付)

世界のフラワーロード(DVD付)

 「フラワーロード」というのはJR総武線小岩駅前にある実在の商店街の名前だ。そこは中村一義が少年時代を過ごした場所でもある。ジャケットに使われている写真は全て現在のフラワーロードで撮影されたものである。100s、2年ぶりの新作はそのフラワーロードをテーマとしたコンセプトアルバムと言っていい内容だ。
 自分の少年時代において世界の全てであった商店街。それをテーマに作品を作ると言うのは非常に個人的な作業であり、バンドとして取り組むにはリスクが大きいように見える。しかし中村一義はそれをやった。そして、本作が独りよがりの自己中心的なアルバムになっているかと言えばそれは全く逆で、万人に開かれた素晴らしいポップアルバムになっている。このアルバムは一種のロード・ムービーのようなものだと思う。主人公(それは取りも直さず、かつての中村一義少年なわけだが)がフラワーロードという閉じた世界から外の世界へと出て行く物語であり、その姿を今の自分が見つめながら、同じように閉塞した場所でくずぶっている少年(あるいは若者、大人)に対しメッセージを放つ作品になっている。だから本作のタイトルは「僕のフラワーロード」ではなく、「世界のフラワーロ−ド」でなければならなかったのだと思う。全編通じてどの曲がシングルでもおかしくないくらいメロディーが秀逸だし、後半の「ある日、」から「最後の信号」への展開はあまりにもドラマチックで個人的には涙なしでは聞けない。
 中村一義は「フラワーロード」で世界を知り、希望と絶望を知り、そして「状況が裂いた部屋」にさらに閉じこもることになるわけだが、今の彼が100sというひとつの社会を通じてコミュニケーションの中心となれているからこそ、こういうアルバムが作れたのだろうと思う。100sというバンド、特に池田貴史というミュージシャンの存在は、中村一義にとって非常に大きいものだとつくづく思う。中村一義のデビュー作『金字塔』には「魔法を信じ続けるかい?」という曲が収録されている。本作には、「魔法を信じ続けているかい?」という曲がある。この疑問文は中村一義から自分自身への問いかけであると同時に、聞き手に対する本質的なメッセージでもある。音楽の魔法により自分を見失わずに世界を知ることができた人間だからこそ歌える曲だと思う。
 個人的な動機がスタートになってはいても、作品自体は決して閉じたものにはなっていない。「犬と猫」の時から、彼はずっとそうだった。それは彼が優れたアーティストであると言う以前に、自分や周囲の状況を俯瞰して見ることのできる一個の人間であると言うことが大きいのではないかと思う。