無事なる男

敗北と死に至る道を淡々と書いています。

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佐野元春&THE HOBO KING BAND 【佐野元春30周年Anniversary Tour Part3】『ALL FLOWERS IN TIME』
■2011/01/09@福岡市民会館
 佐野元春のデビュー30周年記念ツアー3部作、そのPart3初日。今回、バックを努めるのは長年の盟友、ホーボー・キング・バンド。ホーボー・キング・バンドとして体制が固まってからでも、すでに十数年になろうとしている。ザ・ハートランド時代から元春を支えてきた古田たかし(Dr)や長田進(g)だと、もうキャリアのほとんどを共に過ごしているようなものだ。その他、Dr.kyOn(key)、井上富雄(b)、山本拓夫(sax)など、一流のベテランが揃っている。息もぴったりで、文句のつけようがない。
 白いカーテンが幾重にも折り重なり、ステージ中央上にシャンデリアが設置されたゴージャスなステージセット。バンドのセッションから、元春が登場して「君をさがしている」から本編がスタート。「ハッピーマン」「ガラスのジェネレーション」と続き、観客の声も一段と大きくなる。「トゥナイト」からは、バンド形式での『VISITORS』パートとなる。「カム・シャイニング」など、あまりライブで聞けない曲もやってくれた。「99ブルース」は25年前の発表当時から今に至るまで、その歌詞の鋭さが変わることなく時代を斬りつけていることに驚いてしまう。「コンプリケイション・シェイクダウン」もまた然り。携帯電話もインターネットもない時代に書かれたこの曲が、その意味が朽ちることなく、現代社会におけるコミュニケーションの断層を見事に描き出しているのである。すごいとしか言いようがない。「欲望」は前半のひとつのハイライトと言ってもいい重厚なサウンドで、張り裂けんばかりのボーカルが耳に残る。正直、『ザ・サークル』というアルバム自体が地味なせいもあってそれほど強く印象に残っている曲ではないが、90年代中盤の佐野元春を代表するナンバーのひとつだと思う。年末のカウントダウンジャパンでも、曲数が限られる中演奏されていた。1月26日に発売となるセルフ・カバー・アルバム『月と専制君主』からも演奏した。前回のPart2でもコヨーテ・バンドと共に演奏していたが、「ジュジュ」はそのときに比べ山本拓夫のフルートとDr.kyOnのキーボードがフィーチャーされた軽めでお洒落なアレンジになっていた。「ヤングブラッズ」はかなりラテンでJazzyなものになっており、元春は「この曲の成長版」と呼んでいた。前述のようにそのまま演奏しても新鮮さを失わないものがあると同時に、年月を経て再解釈することでまた新しい意味が付与されることもある。
 アンコールを含め全25曲を演奏し、2時間半に渡る長尺のコンサートだったが、その殆どは80〜90年代の曲だった。『月と専制君主』からの曲を除けば、アレンジもほぼ、オリジナルに沿ったものである。観客が求める佐野元春のコンサートに完璧に応えた内容だとも言えるだろう。しかしそれは、決して懐古趣味的な意味のものではない。確かに30周年記念のツアーであり、これまでの彼の歩みを総括する内容になることは想像していた通りだ。しかしここで演奏された曲たちは先の「99ブルース」のように、当事のアレンジで今演奏されても、しっかりと2011年を生きる我々のための音として鳴っていたのだ。「ヤングブラッズ」は会場にいた、この曲が出た時にはまだ生まれていなかったであろう若いファンのための賛歌として鳴っていた。2度目のハイライトであった「ロックンロール・ナイト」もまた、同じだった。若者の(ロックンロール音楽そのものの、と言い替えてもいい)挫折と成長をドラマチックに描いたこの曲は初期佐野元春の傑作である。この曲に描かれている物語は今の若者にも等身大のものとして響くだろうし、当事からのファンは年を取った自分の境遇に照らしてその意味を新しく感じるだろう。例えば山下達郎のように音楽そのものがスタンダードなもので、それゆえにタイムレスな普遍性を獲得している人がいるが、佐野元春の場合は違う。時代を映す鏡としてのロック・ミュージックを鳴らし続けていながら、年とともに曲が描き出す対象が刷新され、常に同時代性を獲得しているのである。こんなアーティストは他にはいない。
 本編ラストのクライマックスは、「サムデイ」から「悲しきレイディオ」という必殺の流れである。観客とのコールアンドレスポンスもここがピーク。10代から50代、60代もいたであろう観客がひとつになって拳を上げ、熱唱する光景は、それだけで感動的だった。「悲しきレイディオ」は途中のセッションやメドレーも含め、かつての彼のライブではおなじみだったバージョン。スローテンポになってからのラストのサビ前、「ムードもりあがれば」の部分を観客がアカペラで完璧に歌い上げた時の元春の嬉しそうな顔と言ったら!自分で言うのも何だが、この日は観客も素晴らしかった。
 日本のロックに対する佐野元春の功績とは何か、と言われたら僕は「今に至る日本語のロック・ミュージックにおけるひとつの文法を確立したこと」と答えるだろう。その詳細についてはここでは詳しく書かないが、その意味では忌野清志郎と並ぶ重要なソングライターである。『THE SUN』や『COYOTE』と言った00年代以降の傑作アルバムや最近のライブの感想でも何度も何度も僕は書いているが、佐野元春ほどのアーティストであれば別にもう過去の遺産で食いつなぎ隠居してしまっても誰も文句は言わないのである。しかし彼は30周年を迎え、まだまだ精力的に時代に向き合い、前を見て新しい言葉と音を紡ぎだそうとしている。その為には自分がかつてイノベイトしたものを壊すことも厭わない。だからこそ、30年前の楽曲がいまだに刺激的な意味を持って鳴るのかもしれない。
 とてもとても素晴らしい夜だった。元春の声自体はさすがに厳しい場面もあったが、それを補って余りある演奏と観客の熱だった。このツアーはどの場所でも、同じような光景が見られることと思う。間に合うなら、絶対に行った方がいい。僕は3月6日のツアーファイナル大阪も行くことにした。この日は伊藤銀次、スガ シカオ、杉 真理、堂島孝平山下久美子LOVE PSYCHEDELICOスカパラなど錚々たるメンバーがゲスト参加する貴重な一夜になりそうだ。今から楽しみで仕方がない。

■SET LIST
1.(セッション)
2.君をさがしている
3.ハッピーマン
4.ガラスのジェネレーション
5.トゥナイト
6.COME SHINING
7.コンプリケイション・シェイクダウン
8.99ブルース
9.欲望
10.ナポレオンフィッシュと泳ぐ日
11.ジュジュ
12.月と専制君主
13.レインガール
14.ヤングブラッズ
15.観覧車の夜
16.ロックンロール・ナイト
17.約束の橋
18.レインボー・イン・マイ・ソウル
19.ヤング・フォーエバー
20.ニューエイジ
21.新しい航海
22.サムデイ
23.悲しきレイディオ
< アンコール>
24.So Young
25.アンジェリーナ