無事なる男

敗北と死に至る道を淡々と書いています。

神なき国のゴスペル。

THE SUN (通常盤)

THE SUN (通常盤)

 オリジナルとしては実に『Stones and Eggs』から5年近く経っていることになるのか。待ち焦がれたという言葉以上に待った21世紀初の新作。その間、彼はデビュー20周年を迎えた。アニヴァーサリーツアーを行い、過去の音源や映像作品のリイシューなど必然的に後ろを振り返る企画が多かったが、その間もしっかりと前を向いて新しい作品を準備していたのだ。アルバムのレコーディング期間は実に延べ3年に渡っている。そしてアルバムはと言うと待った甲斐がある、ありすぎるほどに充実した、デビュー24年目の金字塔というべき作品になっているのだ。興奮しないわけには行かない。
 一部を除き基本は全てHOBO KING BANDの面々との演奏だが、楽曲が非常にバラエティに富んでいてしかもどれもこれも一級のポップネスを持っている。いかにも元春らしいハーモニーとオーケストレーションを駆使した曲もあれば、アコースティックなナンバーもある。サンバっぽいアレンジもあるし、ストレートなロックンロールもある。「恋しいわが家」のギターソロはどこかリトル・フィートっぽい。『THE BARN』のようにルーツミュージックにどっぷり浸かった中で趣味的にまとまってしまうのではなく、ルーツはルーツとして尊重しつつそこから自由に飛んでいけるフットワークの軽さと豊かな想像力がある。HOBO KING BANDの演奏は(当然だが)単なるバックバンドではなく、彼の音楽を理解し、彼の曲をより深く聞き手の心の奥に届けるためにその技術を駆使している。この関係性はかつてのTHE HEARTLAND以上かもしれない。音も、メロディーも、言葉も、元春の声も、音楽を構成している要素全てがはちきれそうなくらいの輝きとエネルギーを放っている。こんなアルバムを48歳のミュージシャンが作ってしまうというのは驚きであり、同時に勇気にもなる。元春という人の音楽的新陳代謝がいかに健全であるかということだろう。例えば10年前の『SWEET16』もエネルギッシュなアルバムだったが、ちょっと意味が違う。あれは30代の元春が「今も 10代のままだ」というメッセージを放ったアルバムだけど、本作は40代の元春が、同世代(か、やや下の世代)の人間に向けて「生きることの意味」を問うようなアルバムになっている。「恵みの雨」は仕事に追われるサラリーマンの歌だし、「レイナ」は子持ちのバツイチ女性へのラブソングだ。「希望」も、今の世の中に生きる人のささやかな幸せについて軽やかに、しかし真摯に歌っている。
 現在の世界は混迷している。ちっぽけな庶民はどこに向かって進めばいいのかわからなくなっている。本作はそんなさまよえる魂のために紡がれた14の短編集である。ここには元春の一人称はない。元春自身も彼が紡ぐストーリーの背景に過ぎないのだ。物語の主人公は普通に人生を生きる普通の人々であり、聞き手はそこに自分の姿を重ねる。そして、自分の人生を、今この時代を生きることの意味を自らに問い直すのだ。レコーディングの期間中に9.11テロが起きたことももちろん大きく影響しているだろう。そして混迷の果てに差し込む光、希望ヘの祈りであるかのような終曲「太陽」があまりにも感動的だ。現代の世界に生きるさまよえる魂のためのゴスペル。先に元春と同世代のためのアルバムと書いたが、ここにあるストーリーとメロディーは間違いなく若い人達に対するガイドとなるものだと思う。それくらいの普遍性をすでに持ってしまっているアルバム。本当に素晴らしい。
 今、人生の中で多少なりとも波を感じている人全てのための、Urban(&Suburban)Hymns。神なき国のゴスペルである。