無事なる男

敗北と死に至る道を淡々と書いています。

奥田民生・ひとり股旅スペシャル(3)

奥田民生 ひとり股旅スペシャル@広島市民球場
■2004/10/30@広島市民球場
 今度は民生はリリーフカーで登場する。1回の裏は吉田拓郎「唇をかみしめて」のカバーでスタート。同じ広島県人としてのリスペクトを感じる熱唱だった。普段民生の口からはいわゆる広島弁というものはさほど出てきてはいないと思うのだけど、この曲は歌詞そのものが広島弁であるので、強烈に広島人・民生を意識してしまった。「人がおるんよね/人がそこにおるんよね」ああ、また泣けてきた。「人間」や「息子」といったソロデビュー当時の曲は、有無を言わせぬ説得力を持っていて改めて脱帽。もちろん今までもライヴで何度となく聞いてきた曲だけども、そもそもが大観衆の中に解放されることで表現が成立するタイプの曲ではないので、こうした弾き語りの独白調の方が曲の姿を誠実に現すことができる。そしてそれが3万人の中に緊張感を持って浸透していく時のカタルシスといったら。鳥肌ものの瞬間だった。民生という人の持っている音楽の底の深さに感嘆せずにはいられない。矢野顕子の「ラーメンたべたい」のカバーを挟みつつ、ソロ10周年記念曲「人ばっか」は今回だけの特別ヴァージョンとなっており、「MAYBE BLUE」が一瞬飛び出すというサービスもあった。「花になる」「イージュー☆ライダー」「さすらい」という、通常のライヴと変わらないようなクライマックスに、今回のステージに対する民生自身の気合と、(ここまで来た)自信のようなものを感じた。ここまで来ると、観客もフィナーレに向かってそのテンションを上げていく。今日のステージの成功を皆が確信し、温かくその瞬間を迎えようという雰囲気が球場全体にあった。大きな歓声に送られ、民生がベンチ裏に下がる。
 しかし、試合はまだ終わっていない。延長戦である。延長10回の表は「すばらしい日々」。多くの人にとって(もちろん僕も含めて)、この曲はユニコーン終焉の記憶とともにあるものだと思う。この曲はかつての満ち足りた時間への憧憬とともに、来るべき未来への希望を同時に感じさせる名曲である。この、ユニコーン解散からソロ10年を迎え、新たに自らの歴史を刻むべく歩み始めるであろう民生にとって今この曲をたった一人で鳴らすことにそれなりの意味を感じてしまうのは僕だけだろうか。
 10回の表は1曲のみで、再び民生は引っ込む。誰ともなしにウェーブが発生し、球場全体を飲み込んでいった。おそらくはカープの応援でも見たことがないような光景だろう。大歓声とともに10回の裏に趣く民生。3万人が固唾を飲むなか披露したのは…「冬ソナ」。前回ウケたのに気をよくしたのか再度の登場。しかしさすがに前回ほどの盛り上がりはなく、早々に切り上げ(笑)。改めてラストに披露したのは「CUSTOM」。民生がアーティストとして音楽に向かい、創造することへの決意を高らかに宣言した(唯一と言っていい)この曲を彼はラストに持ってきた。冗談も照れ隠しもなく、真っ向から民生は「引き受けた」のである。もちろん、民生は今までだって逃げていたわけではないが、たったひとりで3万人に対峙し、どこにも逃げ場がない場所で彼は改めて全てを引き受けた上で前進することを宣言したのである。あまりにも感動的で、設計図が描かれているかのようなラストだった。この日のステージが後々奥田民生という人のバイオグラフィーを紐解いた時にひとつの金字塔となることは間違いないが、これは到達点ではなく、あくまで通過点であると僕は思う。「すばらしい日々」、そしてこのラストの「CUSTOM」はそう語っていたと思う。
 止むことのない拍手の中、彼はペナントを手にボールをスタンドに投げ入れつつ球場を1周。最後は一塁ベンチ前でスタッフに胴上げされていた。こういうアーティストに出会えて、そしてこういう場所に立ち会うことができて幸せだ、と改めて思う。広島まで行った甲斐があったというものだ。

 追記:終演後は駅近くの焼き鳥屋で飲んでいたのですが、隣のカップル(富山から来たそう)と意気投合し12時くらいまで飲んでました。女の子の方は真心のファンらしく、3年前の武道館の話などで盛り上がりました。楽しかったよ。どうもありがとう。

■SET LIST<1回表>
1.ふれあい
2.荒野を行く
3.(新曲)
4.スカイウォーカー
5.ブルース
6.羊の歩み
7.野ばら
8.たったった
9.イオン
10.アーリーサマー
11.桜の季節
12.君という花
13.最後のニュース
14.冬のソナタ
〜休憩〜
<1回裏>
15.唇をかみしめて
16.人間
17.THE STANDARD
18.息子
19.マザー
20.ラーメンたべたい
21.陽
22.人ばっか
23.青春
24.花になる
25.イージュー☆ライダー
26.さすらい
<延長10回表>
27.すばらしい日々
<延長10回裏>
28.冬のソナタ
29.CUSTOM