無事なる男

敗北と死に至る道を淡々と書いています。

修行の成果。

Fantastic OT9

Fantastic OT9

 ベスト盤やトリビュート(カバー集)もあったしライヴはやっていたので動きが見えないということはなかったけれども、ミニアルバム『comp』からでも2年7ヶ月ぶり、フルアルバムだと『LION』以来3年3ヶ月ぶりの新作になる。お久しぶり、やっと出たという感が強い。レコーディングのメンバーはスティーヴ・ジョーダンをはじめとするNY組も参加しているが、基本は湊雅史小原礼斉藤有太というライヴでもおなじみ固定メンバーである。ご存知の通り民生はこのメンバーになってからギターをひとりで担当している。わざわざ年とってからそんな負担になることをはじめなくてもいいのに、と最初は思ったものだが、本作を聞くとなぜ民生がそんなチャレンジを行って来たのかが直感的に理解できる気がする。
 民生のロックは、編成もシンプルでバンドサウンドの塊がガンと総体的に耳を刺激するような、基本ストレートなものだ。ストレートな分ごまかしが聞かないし、ギミックに逃げてもそのときだけの瞬間芸に終わってしまう。どうすれば自分の頭の中にある音と実際に出てくる音のギャップを少なくできるのかという試行錯誤の結果、ギター&ボーカルをひとりでやるという、今のスタイルに行きついたのだと思う。思えば民生はソロになって以降もアルバムの中でドラムやベース含め全て自分ひとりで演奏した曲を発表したりしてきた。きっとそれは単なるお遊びや気分転換ではなく、今に至るチャレンジのスタート地点であったのだろう。結果として、本作の音は民生史上最もストレートに彼のロックを満喫できる内容になっており、曲のテンポやアレンジに関係なく、音の目指している方向にブレがない。圧倒的なカッコよさ。ライヴで見ても思ったけれども、民生のギターは間違いなく上手くなってる。ここ数年の修行の成果である。ここまで音そのもので聞くものをねじ伏せようとするかのようなアルバム、今まで民生は作ったことがない。
 野球やサッカーなどのタイアップものも多く収録されているが、そういう仕事も今の自分の音に対する自信があるからこそどんどん引き受けようという気になったんだろう。そういう仕事を多く受けることで曲自体も以前よりポップに聞こえる気がする(気がする、のレベルだが)。最初からそれを狙っていたとは思わないが、なんにしても民生のロックが本作でひとつ上のレベルに上がったことは間違いない。タイトル通りのファンタスティックなロックアルバム。参りました。