無事なる男

敗北と死に至る道を淡々と書いています。

エレカシ完成形。

悪魔のささやき?そして、心に火を灯す旅?

悪魔のささやき?そして、心に火を灯す旅?

 『昇れる太陽』から約1年半ぶりの新作。『STARTING OVER』から続く蔦谷好位置をプロデューサー/アレンジャーに迎えての体制もこれで3作目。 3部作というわけではないが、この体制でのひとつの集大成とでも言うべき、素晴らしいアルバムになっていると思う。「幸せよ、この指にとまれ」、「明日への記憶」「いつか見た夢を」のシングル曲とカップリングが全て収録されており、ユニバーサル移籍後のポップで前向きなメッセージを発信するエレカシのモードは全開。しかしその中で、蔦谷氏がアレンジに参加せず、宮本浩次自身がアレンジした曲が複数あるのが今作の大きな特徴。それらの曲はダイレクトなバンドサウンドだったり、宮本(と石君)が宅録的に打ち込みで作ったものだったりするのだが、基本的なモードはシングルその他の曲とは大きくかけ離れてはおらず、アルバムとしてまとまった形になっているのがここ数年の彼らの成長だと思う。全ての楽器を宮本一人で演奏した「九月の雨」や弾き語りの「夜の道」のような曲もあり、ともすれば「バンド」としての一体感が失われそうな感じもあるのだが、全くそうなってはいない。「彼女は買い物の帰り道」はおそらく初めて、宮本が女性の一人称で書いた曲であり、かつて女性のことを「ペットのようなら飼ってもいい」とまで言い(歌い)放った男が40代半ばにしてこの境地にまで達したか、と目を細めずにはいられないと言うものだ(我ながらすごい上から目線の感想)。
 曲のテーマの多くは「俺たちの明日」以降のエレカシに見られる、日常の些細な出来事や心の動きを丁寧に掬い取り、その中から生きていく意味や明日への希望を照らし出すというものである。「幸せよ、この指にとまれ」がラストから2曲目に置かれ、基本的にはここで大団円という構成になっている。前作までのエレカシならここでアルバムが終わっていたと思う。絵に書いたような美しいエンディング。しかし、今作はこの後に「朝」というSEの曲が挟まれる。スズメの鳴き声が聞こえるのどかな朝の風景が、次第に不穏なノイズに変わっていき、カオスの極致に至ったところでラストの「悪魔メフィスト」に突入する。宮本は「朝」のSEを、スズメが首絞められる音にしたかったそうだ。そして「悪魔メフィスト」は打ち込みのリズムと激しいギターリフをバックに宮本ががなりまくるという、『good morning』期を髣髴とさせるサウンドになっている。
 「幸せよ〜」で終わっていればこのアルバムのタイトルは『天使のささやき』で良かったはずだ。このラストがあるから『悪魔のささやき』なのである。なぜ、この曲をラストにしなければならなかったのか。簡単に言えば、これがないと片手落ちだからだと思う。これだけじゃなく、「悪魔メフィスト」がないと宮本浩次ではないし、エレカシではないし、何よりも僕らの日常ではないからだと思う。違う見方をすれば、この曲が作れるところまで、蔦谷氏や周りのスタッフ、エンジニア、レコード会社などの関係が成熟したということなんじゃないかと思う。「ガストロンジャー」と「悲しみの果て」が演奏されるのがエレカシのライブであり、その両極を持つバンドがエレカシである。それが一枚のアルバムに自然な形に収まっている。エレカシがここに来てまたひとつ上のレベルに到達したことを示す重要な作品だと思う。