無事なる男

敗北と死に至る道を淡々と書いています。

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Ecology Of Everyday Life 毎日の環境学

Ecology Of Everyday Life 毎日の環境学

 前作『Eclectic』が発表されたのもすでに4年前。沈黙していた小沢健二の名前を久々に聞いたのは、音楽ではなく、文学だった。父親である口承文芸学者、小澤俊夫氏が責任編集を勤める季刊誌「子どもと昔話」に、「うさぎ!」という童話小説を連載し始めたというではないか。そして、4年ぶりの新作は全編インストルメンタルであるという。この浮世離れした展開に、彼が現世から遠く離れた仙人の国にでも引きこもってしまったのかと思ったがさにあらず。
 小説「うさぎ!」の第一話はこのサイト(ecologyofeverydaylife.org)で読むことができる。読んでみると分かるが、一般的な童話のイメージからはかけ離れたものになっている。「貧しい国」「豊かな国」はいいとしても、「ヘロイン」「宣伝料」「テロリスト」など、こんなもの童話に入れていいのかという言葉が普通に出てくる。明確な敵意を持って、世界中に侵食するアメリカ的なグローバリゼーション、そして現代の病んだ消費社会を批判し、揶揄し、糾弾するということが一つのテーマとして根底にあると思う。そしてこのアルバムを何度も聞いていると、本作が「うさぎ!」という小説のサウンドトラックなのではないかと思えてくるのだ。(実際、小沢健二ともあろう人がわざわざ違う分野で関係のない作品を連続して発表するとは思えない)
 前作と同じく、リズムトラックは全て彼自身の手によるもの。R&B、ジャズ、ワールド・ミュージックを高度に咀嚼した美しく流麗なアーバン・ミュージック。ともすれば耳当たりの良いBGMとして聞き流されてしまいそうな印象もある。が、聞いているとやはり「うさぎ!」のテーマに通ずる深さを感じることができる。ポップで軽やかなメロディーとどこか不穏なコードとビートが交互に現れる。例えて言うならば白、黒、そして「灰色」。アルバム全編を覆う印象はモノトーンだが、聞き進んでいくうちにそれがどれだけカラフルなものかということに気づくだろう。そして小沢健二という人は圧倒的に「白」を求めているのだと思うのだ。
 もちろんこれは僕の個人的な解釈であって、小説にしてもアルバムにしても受け取り方は他にいくらでもあるだろう。しかし、こうしたつながりに考えをめぐらすこと自体が今の彼の活動のキーなのではないかと思う。僕自身は単純にこのアルバムが好きだ。僕のいるどの風景にもこのアルバムはフィットするような気がする。それは、(「うさぎ!」のテーマを見ても分かるが、)小沢健二が引きこもったどころか、現在の世界に対し明確なアティテュードとオピニオンを持ってコミットしている一人の表現者なのだということの証左であると思う。本当のラジカルとは何か、と言うことも考えさせられる。いろんな角度から知的好奇心をくすぐられる、非常に興味深いアルバム。