無事なる男

敗北と死に至る道を淡々と書いています。

生きる才能、死ぬ努力。

イキルサイノウ

イキルサイノウ

 メジャーデビュー作『人間プログラム』の時すでにこのアルバムの誕生を予感させるような文章を書いていたおれは偉い。誰も言ってくれないので自分で言いますが。いや、でも真面目な話このアルバムは現時点での彼らの決定版といえるものだと思う。山田のボーカルはさらに表現力を増しているし、前作でも驚いた菅波栄純という人のギターセンスは本作でもさらにとんでもなく研ぎ澄まされている。褒めすぎかもしれないけど、ジョン・フルシアンテやジョニー・グリーンウッドの域に入りつつあるんじゃないか。自らのアイデンティティを全てギターという楽器に落とし込んで表現と真摯に向かい合っている。全編に漲りまくっているテンションは圧倒の一語。
 彼らが最初から生と死という両極をテーマにしていたということにもつながるが、とにかくこのアルバムは矛盾に溢れている。人間が嫌いだと言ったかと思えば誰かを求めたり、俺達は害虫だから死んだ方がいいと吐き捨てたかと思えば、その未来を祝福したりする。激しい曲は究極なまでに歪み、穏やかな曲は息を呑むほど美しい。考えがまとまらず、あっちにぶつかりこっちにぶつかりしながらとにかく進んでいる。しかし、そもそも人間というものがそうした矛盾した存在であるし、生きるということはそういった矛盾とどう折り合いをつけていくかというものだったりもする。彼らはこのアルバムで何か答を提示しているわけではない。自分たちが考え、迷っている姿をありのまま表現しているだけだ。しかし彼らはどこかで信じていると思う。自分達自身も含めて、人間を信じていると思う。信じることが「生きる才能」なのであり、その希望としての未来なのだと、そう言ってるような気がする。メロディの良さ、アレンジの豊かさ、演奏のダイナミズム、どれをとっても文句なし。重いテーマに貫かれたアルバムだし、生乾きのかさぶたを少しづつ剥がすようなヒリヒリした緊張感が支配するアルバムだけれども、不思議と聞いた後に疲労感は残らない(ラストに「未来」を持ってきたのも要因)。
 2年前に初めて聞いた時の異物感はそのままに、とんでもなく大きくなったなあ、と言う印象。でもこういう音楽はやっぱり必要だと思う。