無事なる男

敗北と死に至る道を淡々と書いています。

70年の結晶。

ソー・ビューティフル・オア・ソー・ホワット

ソー・ビューティフル・オア・ソー・ホワット

 ポール・サイモン、2006年の『サプライズ』以来5年ぶりとなる最新作。そして、2011年に聞いた全アルバムの中で、個人的にはベストと言える素晴らしい作品。ポール・サイモンディスコグラフィーの中でも、『時の流れに』(1975)や『グレイスランド』(1986)、『リズム・オブ・ザ・セインツ』(1990)等の傑作に匹敵する作品になっているのではないだろうか。プロデュースはポール自身とフィル・ラモーンの共同クレジット。ともに昨年で70歳を迎え、両者合わせて140歳の大ベテランが再び手を取って制作したわけだが、年齢を感じさせない瑞々しい意欲に満ちている。
 1曲目の「ゲッティング・レディー・フォー・クリスマス・デイ」はJ.M.ゲイツ神父による1941年の説教を大々的にサンプリングし、クリスマスにお金の工面に苦労する人々とイラクに派遣される兵士の様子を描いた、辛辣で示唆に富む曲だ。実に様々な要素を内包するアルバムではあるが、その軸となっているのはこの時代、2010年代に生きる人々の痛みや苦しみ、そして希望への祈りと心のありようについて、だと思う。こうした重厚なテーマに対し真正面から向き合い、時に辛辣に、時に優しく、彼独特の比喩とユーモアを散りばめながら前向きに生きるためのヒントを示している。ここにある言葉の数々は彼の人生やキャリアに裏打ちされた深みと味をもっている。親が子供に人生を諭すような内容の表題曲では、「人生は自分で作り上げるものだ/あまりに美しくも、それが何なんだ」と歌われる。これが70年を生き抜いた男の至った境地なのだとすれば、自分はまだその遥か手前にいると思わざるを得ない。ポール・サイモンボブ・ディランと並び、ミュージシャン/ソングライターという枠組みを超えて、純文学的に時代を超えて語られる可能性のある詩人の一人だと僕は思っている。本作がリリースされたのは2011年の4月であり、当然収録された曲と直接の関係がないのはわかっているのだけど、個人的には震災後このアルバムによって精神的に救われた部分が大きいことは否定できない。
 音楽的には当然『グレイスランド』以降のアフリカ音楽の影響を残しつつ、ブラジル音楽、ブルーグラスやゴスペル、トラディショナルなフォークやブルースなど、実に多岐に渡っている。それを一本にまとめているのは彼の書く美しく印象的なメロディーと、彼自身によるギターのフレーズであると思う。ポール・サイモンはポップ・ミュージック史上でも最も過小評価されているギタリストの一人だと思っているのだけど、本作でも彼のアコースティック・ギターは実に素晴らしいフレーズを紡いでいる。彼のアコギ一本によるインストの「アミュレット」はクラシカルな荘厳ささえ感じさせる。全てが彼の手によるものではないが、「ゲッティング・レディー〜」や表題曲など、ギターのリフが印象的で耳に残る曲も多い。
 2011年を象徴するような話題を振りまいたわけでもなければ、時代を変えるようなインパクトを持っているわけでもない。しかし、こういうアルバムに出会えることは至上の幸せであるし、自分が音楽を聴き続ける理由の一つでもある。