無事なる男

敗北と死に至る道を淡々と書いています。

アンドリューは電気羊の夢を見るか?

噂のメロディ・メイカー

噂のメロディ・メイカー

 「ワム!の『ラスト・クリスマス』を日本人のゴーストライターが作曲していた」。こんな荒唐無稽な噂を検証し、その真実に迫る、というノンフィクション風小説。著者はノーナ・リーヴス西寺郷太氏。氏にとっては、初の長編小説ということになる。元々は浅草キッド水道橋博士メールマガジンに連載されていたものを大幅に加筆修正して出版に至ったものらしい。
 正直言って、謎解きの物語としてはそれほど大きな驚きはない。本書の本質はストーリーそのものよりも、その噂の検証を通じて80年代の音楽シーンはどういうものだったのか、その中でワム!ジョージ・マイケルがどのような存在だったのか、彼らの音楽が残した功績はなんだったのか、ということを膨大な知識と緻密な論理で再検証・再評価するところにあるのだと思う。荒唐無稽な噂を西寺氏が「もしかしたら」と検証し始めるのはある違和感と根拠が彼の中にあったからなのだが、その推理が非常にスリリングだった。
 本書の表紙にあるのはワム!がCM出演していたマクセルのUDIIというカセットテープだ。僕は西寺氏と同じく、このUDIIを愛用していた。雑誌を見て好きな曲がかかる番組をエアチェックし、FMステーションについてくるカセットレーベルを使ったり、きれいにタイトルやアーティスト名をレタリングして自作のフェイバリット・テープを作りまくっていた。読んでいると当時の記憶が鮮やかに蘇ってくる。特に興味深かったのは当時エピック・ソニーでのワム!担当者や、ポプコン関係者に話を聞いたパート。当事者でしか知りえないワム!の姿や、現場で体験した人ならではの臨場感。当時の風景が彼の文章を通じて鮮明に立ち上る興奮が、遅読家の僕をして一気に本書を読み進めさせた。
 謎解きのオチについてはネタバレになってしまうので、読んで確かめてほしい。ただ僕自身は、前述のようにこの謎解き自体が本書の本質ではないと思っている。もしかして、噂の主やゴーストライターと考えられる人物などは、著者の創造かもしれないとすら思っている。ただ、そこをつつくことに意味はないと思う。80年代洋楽シーンに日本人のゴーストライターがいたかもしれない。本書の中で西寺氏が書いている通り、あの時代を生き当時の音楽に浸っていた人間にとってはその可能性だけで十分すぎるほどのロマンを感じることができる。そのロマンをモキュメンタリー風に味わうことができるのが本書の醍醐味ではないだろうか。
 西寺氏のワム!ジョージ・マイケルをはじめとした当時のポップミュージックに対する愛情が全編に溢れていて、同じ時代を生きた自分は、氏と酒を酌み交わしながら会話するように楽しく読ませていただきました。ありがとうございました。


George Michael and Wham! Japanese commercial ...