無事なる男

敗北と死に至る道を淡々と書いています。

青春の再定義。

幸福

幸福

 2004年の『Me-imi』以来11年半。ついに、岡村靖幸のオリジナルニューアルバムがリリースされた。2011年に活動を再開して以降毎年のようにツアーを行い、2013年の「ビバナミダ」から安定してシングルをリリースしてきてアルバムは時間の問題と思っていたけれど、こうして実際に手にしてみると感動もひとしおだ。
 『Me-imi』の感想とダブる部分もあるが、岡村靖幸の創作活動がなぜ90年以降滞ってきたのか、僕なりの考えを書いてみる。岡村靖幸の曲に登場する男子女子は、どんなにエッチなことを妄想していても、純粋に青春しているというイメージがある。セクシャルな歌詞は、それによって何かしらの性的衝動を開放するというものではなく、なぜその登場人物が欲望を満たそうとする行動に出るのか、ということを描き出すためのツールとして用いられているものだった。その根底には中年と不倫してたり、ブルセラで着を売る女子高生も、心の奥底はみんなピュアできれいな人間なんだ、というある種の幻想に支えられていた部分があると思う。ところが90年代に入って、ブルセラだ援交だ出会い系だと性犯罪対称の低年齢化とともに、性行為のモラルがブレイクダウンしていくと、彼のそのピュア幻想のようなものがガラガラと崩れてしまったのではないだろうか。彼の作品が世に出なくなってしまったのは、音楽的に煮詰まっているのではなく、その歌詞に投影すべき青春のイメージが見えなくなってしまったのではないか。というのが、僕の推測である。
 実際、復活後最初に発表された新曲「ビバナミダ」と「愛はおしゃれじゃない」では、作詞はそれぞれ西寺郷太、小出裕介との共作となっている。ファンを公言する二人との共作によって従来のイメージ通りの岡村ちゃんワールドを実現できたことが、いい助走になったのではないだろうか。以降のシングル、そして本作に収録された新曲は全て岡村靖幸のみの作詞クレジットとなっている。そのテーマは何だろうと言うと、実はやはりピュアな青春なのだと思う。しかしその一人称は若者ではなく、年を取り様々な経験を経てきた大人なのだ。
 アルバムは雨音のSEから始まる。決して派手ではない、R&Bテイストのゆったりしたリズムを持つ1曲目「できるだけ純粋でいたい」では、世界の不条理に負けそうな中で「君」を求める想いが歌われる。4曲目「揺れるお年頃」は惨めで凹んだ時でも気分次第でなんとかなる、と彼は言う。無根拠なポジティブさではなく、大人が悩める若者をやさしく諭すように描かれるのは今までの岡村ちゃんにはあまりなかった視点だと思う。2曲目「新時代思想」は昨年のツアーからライブで歌われている曲だが、絡まった心に勝つために必要なのは新時代思想だ、そしてそれは君次第だ、と歌われている。君というのは悩める若者であり、彼と同時代を過ごしてきたミドルエイジでもある。年をとろうが時代や社会に負けようが、汚れた人生を歩もうが、今この時を青春として輝かせるのは君次第なんだぜ、その思い自体はピュアでいられるんだぜ、と僕は岡村ちゃんに力強く肩を叩かれた気がするのだ。こうしたメッセージが強く響くのは、誰よりも岡村靖幸本人がその輝きを取り戻したからなのだと思う。言うなれば、青春の再定義。実際「ラブメッセージ」などは、80年代の曲以上にキラキラとしたラブソングになっているじゃないか。テーマが明確になった時の岡村靖幸の作詞家としての才能はやはりすごい。曲のタイトルもそうだし、どこを切り取っても太字にしたくなるようなキラーフレーズにあふれている。
 いくつかのクレジット以外、殆どの演奏を彼自身が行うマルチぶりは相変わらず。シングルの再収録が半数以上を占める中アルバムとしてトータルにまとまり聞きやすくなっているのはライヴでもバンマスを努めるエンジニアの白石元久氏の存在が大きいと思う。数多くのライブを経て白石氏との共同作業も熟成してきたのだろう。セルフカバーアルバム『エチケット』でリブートした岡村ちゃんサウンドは本作でひとつの集大成を見たと言っていいと思う。事ほど左様にサウンドは充実し、歌詞の面でも青春の輝きを取り戻し、それを老若男女問わずメッセージとして強く発信するに至った今の岡村靖幸。僕は昨年のツアーの感想で「岡村ちゃんは今が最高だ」と書いたが、それをアルバムとしても証明する傑作になっていると思う。しばらくの間は何度もリピートして聞くことになるだろう。それこそが何にも変えられない「幸福」なのだ。


「ラブメッセージ」PV

2015年・私的ベスト10~音楽編(2)~

■5位:Drones / Muse

Drones

Drones

 ドローンによって統制された人類が自我と自由を求めて戦うという物語を持った完全なコンセプト・アルバム。いかにもミューズらしい近未来のディストピアを描いたサイバーパンク的世界観。音楽的にはデフ・レパードなどで知られるジョン・マット・ラングをプロデューサーに迎え、ハードロック的アンサンブルを強調したへヴィーな音になっている。その反面、前作でフィーチャーしたクラシックへのアプローチもきちんと消化されている。最終曲ではパレストリーナのミサ曲(サンクトゥス、ベネディクトゥス)に乗せて「父母、兄妹、息子も娘も皆ドローンに殺された。アーメン」と歌われる。この、両極に振り切ったダイナミズムこそがミューズだと思う。やっぱり頭がおかしいとしか思えない。最高である。

Muse - Revolt [Official 360º Music Video]


■4位:BLOOD MOON / 佐野元春 & THE COYOTE BAND

 コヨーテ・バンドとのアルバムも『COYOTE』(2007)、『ZOOEY』(2013)に続き3作目となる。この10年活動を共にしてきたことでバンドとしての一体感は格段に増し、バンドアンサンブルとしてはひとつの完成を見たと言ってもいいと思う。オーソドックスなロックンロールも、ファンキーなジャムセッションっぽい曲も、自由自在にグルーヴを組み立てている。こういう音がほしくて元春は一回り下の世代とバンドを組んだのだな、と実感する。グレードを増したバンドの音と歩を合わせるように、彼の言葉もダイレクトな攻撃性を増している。「キャビアキャピタリズム」はその典型だろう。個人的には最も気に入っているナンバー。歌詞は、日本に限らず、今の不安定で危うい時代の中でどうバランスを取って生きていくべきか、どう希望を見つけていくのか、ということを問うものになっていると思う。それを彼なりの視点で、客観的に第三者の物語として描き出している。難しい時代の難しいテーマだからこそ、ストーリーテラーとしての彼の手腕が光る。メッセージ性の強い作品だと思うし、だからこそ、ヒプノシスの故ストーム・トーガソンの流れを汲むデザイン・チームにジャケットを依頼したのだろう。混迷する時代には、プログレッシブな音楽が求められるのだ。

「境界線」 - 佐野元春&ザ・コヨーテ・バンド(DaisyMusic Official)


■3位:RAINBOW / エレファントカシマシ

RAINBOW(初回限定盤)(DVD付)

RAINBOW(初回限定盤)(DVD付)

 『MASTERPIECE』から約3年半、これだけのブランクが空いたのは当然、宮本浩次の難聴によるライブ活動休止の影響も大きいだろう。復帰後にリリースされたシングルもそうだが、本作の歌詞には前に進む、今日を生きるなど、ポジティブな言葉が並ぶ。冒頭のインスト曲から連続するタイトル曲はとても50歳を目前にしたバンドとは思えない荒々しさと勢いに満ちている。それと同時に、「昨日よ」「なからん」と言った曲では美しかった過去、もう戻れない若さに対する悲しみや諦念が見て取れる。元々宮本浩次と言う人は自身の死生観、どう生きてどう死ぬのか、ということをソングライティングのテーマとしてきている。30代以降特にそれは明確になっていると思う。その彼が自身の病気を機に老いや死というものをより身近に感じたであろうことは想像に難くない。もはや戻らない若さの輝きを惜しみつつ、これからの自分はどう死と向き合い生きていくのか。病気を乗り越え、手にした前向きな言葉はこれまで以上の説得力をエレカシにもたらしたと思う。あと数年で50になる自分も、勇気をもらった。

エレファントカシマシ「RAINBOW」Music Video (Short Ver.)


■2位:Yellow Dancer / 星野源

 先行してリリースされた楽曲からも想像できたように、70年代のソウル・R&Bやディスコミュージックを意識して作られたサウンド。アルバム全編に流れるストリングスやホーンセクション、アナログシンセの生音が気持ちいい。曲のテンポも今時のロックバンドに比べればかなりゆったりだ。つまり、気持ちよく体を揺らせるダンスミュージックになっている。しかし、かの時代の欧米のディスコサウンドを模倣しているだけではない。この、踊るための音楽を星野源は今の日本に住む我々の日常と結びつけ、J-POPと地続きに鳴らそうとしている。そういう意味での「Yellow Dancer」なのではないかと思う。決して今のJ-POPの主流ではない音だと思うけど、明確な意図を持って堂々とど真ん中を歩いていく爽快感がある。1994年、あるアーティストは「書を捨てよ、恋をしよう!」と言うべきアルバムをやはり70年代のソウルミュージックをベースに作り上げた。本作はさしずめ、「書を捨てよ、踊ろう!」という感じだろうか。

星野 源 - SUN【MUSIC VIDEO & 特典DVD予告編】


■1位:Obscure Ride / cero

Obscure Ride 【初回限定盤】

Obscure Ride 【初回限定盤】

 ceroというバンド名はウィキペディアによれば”Contemporary Exotica Rock Orchestra”の略となっているが、本作の1曲目「C.E.R.O.」では“Contemporary Eclectic Replica Orchestra”と謳われている。今後こうなるのかはわからないが、今までのceroとは違うということをはっきり示している。ゆったりと心地良く流れるビートと、音数が少ない中絶妙にタメのあるグルーヴ。シングル「Yellow Magus」以降顕著になったブラックミュージック、ソウルやR&Bへのアプローチがアルバムとして結実している。しかし「Replica」と自分たちで言っているように、日本人である自分たちが日本で模索するソウルミュージックであることを自覚している。この辺は奇しくも、先に挙げた星野源が「Yellow Dancer」と題した感覚と近いかもしれない。高城晶平という人のメッセージ性を持ちながらも寓話的である詞の世界は聞くものを風景の一部に溶け込ませるような不思議な感覚を呼び起こす。そして聞き進むにつれて昼から夕方、夜から朝へと時間が移ろうような色彩を持っている。僕は東京に住んだことはないけれど、このアルバムを聴いていると東京の街が思い浮かぶ。今の日本を映し出すアーバン・ソウル、都市の聖歌だと思う。2015年間違いなく最もリピートして聞いたアルバムであるし、この年の夏の暑さとともに記憶されることになるアルバムだと思う。そして10年後には2010年代の日本のロック名盤のひとつに数えられていると思う。文句なく傑作でした。

cero / Summer Soul【OFFICIAL MUSIC VIDEO】

cero / Orphans【OFFICIAL MUSIC VIDEO】

2015年・私的ベスト10~音楽編(1)~

 2016年ももう1ヶ月が過ぎようというのに、今更こんな記事をアップしていいのかという気もしますが、すでに即時性をとうの昔に捨てているブログです。個人の忘備録として残す意味で書かせていただきます。

■10位:共鳴 / チャットモンチー

共鳴(初回生産限定盤)(DVD付)

共鳴(初回生産限定盤)(DVD付)

 本作についてはブログでも記事を書いたのでそちらもどうぞ。
magro.hatenablog.com
 3人→2人→4人×2編成という、ここ数年のチャットモンチーの変遷から、彼女らの姿が見えにくくなってしまった人もいるかもしれない。けれど、2人で作った前作も新編成での今作も、チャットモンチーの本質というのをあぶり出し、再確認するという意味では共通していたと思う。橋本と福岡の2人さえいれば、チャットモンチーの核はぶれない。その上で、キャリア上最もプロフェッショナルに作られた今作はなぜチャットモンチーが唯一無二のバンドなのかをしっかりと見せている。あと10年、20年位したら彼女らは少年ナイフのようなバンドになってるんじゃないだろうか。


■9位:The Magic Whip / Blur

ザ・マジック・ウィップ

ザ・マジック・ウィップ

 まさか2015年になってブラーの新作が聞けるとは思わなかった。前作『シンク・タンク』は2003年で、その夏のサマーソニックでライヴも見たのだけど、その時にはグレアム・コクソンはいなかった。オリジナル・ラインナップが復活しての新作であることに意味がある。音楽的にもこの12年間でデーモンとグレアムが各々追及してきた方向性が垣間見える。ゴリラズでのヒップホップサウンド、デーモンのソロでのアフリカや中南米へのアプローチ、グレアムのソロでのエレクトリック・フォーク的な手法。それらをエッセンスとして現在のブラーとしてまとめている。かつてのブラーの名盤と比較してもそれは詮無いこと。色々経験して年を経て、また道を同じくするというストーリーが僕は好きなのだ。生きてればいろいろあるものです。

Blur - Lonesome Street (Official Video)


■8位:葡萄 / サザンオールスターズ

 サザンオールスターズの本質は大衆芸能であるということだと思っている。簡単に言うと下世話であるということ。NHKのドキュメンタリーではなく、民放のワイドショーでなくてはいけない。しかし、彼らを称して国民的バンドと持ち上げる風潮がそれを邪魔する。桑田佳佑が60になった今でもステージで下ネタを連発するのはそこに抗おうとしているからではないだろうか。音楽的には、近年になく桑田のルーツのひとつである昭和歌謡テイストが前面に出ているのが好感。バラエティに富んでいながらサウンドプロダクトが散漫になっていないのはさすが。ジャケットは洋画家・岡田三郎助「あやめの衣」からの引用だが、これも上品さとエロさが共存するサザンの魅力をうまく伝えていると思う。


■7位:Chasing Yesterday / Noel Gallagher's High Flying Birds

チェイシング・イエスタデイ(初回生産限定盤)

チェイシング・イエスタデイ(初回生産限定盤)

 個人的には、このアルバムでオアシスの再結成は事実上なくなったんじゃないだろうかと思うくらい、音楽的に充実している。ライヴやツアーを重ねたことでバンドとしての一体感も増し、同時にサウンドの幅も広がった。ノエルがすごいのは自分の作るメロディを信じていることだ。ソングライターなんだから当たり前だろう、と思うかもしれないけど、心底信じきると言うのは難しいと思う。信じているから、どんなにシンプルでもそのまま出すことを恐れない。比べては何だが、シンプルなロックンロールバンドを標榜しながら曲としての魅力に乏しかったビーディ・アイとはそこが違う。Aメロとサビだけで充分、コードなんて3つあればいいだろう、という割り切り方ができる。逆説的だけど、バンド的でないアレンジもメロディーに対する信頼があるからこそ光っているのだ。

Noel Gallagher's High Flying Birds "In The Heat Of The Moment" (Official Video)


■6位:ジパング / 水曜日のカンパネラ

ジパング

ジパング

 音楽的にはヒップホップに分類されるのかもしれないけど、コムアイという人のキャラやユニット全体の打ち出し方含めてすごくポップであることを意識した戦略的なユニットだと思う。曲の持つ不思議な中毒性やMVの面白さなど、彼らを語る上で重要なファクターはいろいろあるけれど、一言でいうとあっけらかんとした無邪気さ、のようなものではないかと思う。大事なことは何も言っていない。けれど、引っかかる。本作はセールスも評価も彼らのキャリアの中でおおきなポイントとなるアルバムだと思う。
 しかし、気になるのは1曲目「シャクシャイン」。シャクシャインというのは17世紀、現在の北海道日高地方のアイヌの首長の名である。松前藩の交易独占や不平等貿易に対し、アイヌが蜂起したいわゆる「シャクシャインの戦い」の中心人物だ。この事件は北海道民であれば義務教育で地域の歴史として習うであろう重要な事件である。それでなくとも、アイヌの辿った歴史や、現在も残る差別は北海道においては避けて通れない、非常にナーバスな問題だ。この「シャクシャイン」という曲の歌詞は特にアイヌに関係したものではなく、ただ単に北海道の地名や特産物を列挙するもの。「余裕綽々シャクシャイン」と、リズムと語呂のよさ、北海道に関係した名詞ということで大した意味もなく付けたものだと思う。あっけらかんとした無邪気さがこのユニットの魅力、と先に書いたが、これはその無邪気さが悪いほうに出てしまっていると思う。無邪気を装い、無邪気に見えるようにするには見えないところでそれ以上に気を配らなくてはいけないはずだ。この曲に関してはちょっとそれが甘かったと思う。北海道民でも気にならないという人もいるだろうし、他の地域の人なら尚更そうだと思う。けど僕はどうしても看過できませんでした。

水曜日のカンパネラ『シャクシャイン』

(5位~1位に続きます)

2015年・私的ベスト10~映画編~

 2015年はできるだけ劇場に映画を見に行こう、と思ってました。50本を目標にしてましたが、結局45本程度。もう少しでした。DVDやBS・CSも含めれば120本くらい。そこそこがんばれた感じです。今年劇場で見たものの中からベスト10を選んでみます。

■10位:クリード チャンプを継ぐ男
http://wwws.warnerbros.co.jp/creed/index.html

 監督がスタローンに「アポロの息子を主人公にロッキーの続編を作りたい」と直談判して実現したこの映画。脚本も書いた監督はまだ長編を1本しか撮ったことのない若手です。その彼にチャンスを与えたスタローン。それは、最初のロッキーを作るとき、スタローンが彼と同様に無名の若者だったからに他ならないのです。物語は偉大な父の背中を追いかけつつもその名前に立ち向かう勇気を持てない主人公を、父の親友であったロッキーがトレーナーとして支える形で進みます。この主人公とロッキーの疑似親子関係が物語の軸。ロッキーも寄る年波には勝てず、過酷な運命が彼を襲うのです。チャンピオンからのタイトルマッチへの指名に「2人で戦おう」と彼らは運命に立ち向かうのです。物語の骨子自体は最初の「ロッキー」とほぼ同じ。しかしそれがわかっていたとしてもやはり感動的です。クライマックスであの音楽が流れるタイミングも完璧。ラストは号泣でした。スタローンの演技はキャリア最高と言えるもので、もしかしたらアカデミー助演男優賞ノミネートもあるかもしれません。「ロッキー」地上波放送での荻昌弘氏の名解説は、この映画にも当てはまります。「これは、人生するか・しないかの分かれ道で「する」を選んだ勇気ある人々の物語なのです」

荻昌弘・映画解説 「ロッキー」


■9位:バクマン
ドリームベガスカジノ;おすすめオンラインカジノ - Bakuman Movie

 原作実写映画化作品としては、自分の中で『ピンポン』を超えたかもしれません。漫画を描くという作業を視覚的に盛り上げるアクションシーンとして昇華したのも良かったです。個人的に、原作ではサイコーの漫画へのモチベーションや行動原理が小豆との恋愛でしかないのが非常に気に入らなく、それに比べれば純粋に漫画への情熱で描いている新妻エイジの方がよほど主人公らしいと思っていました。この映画版では最初の動機は原作通りですが、バッサリとその後の展開で切ってしまった要素があるのです。それにより主人公が主人公として輝きだしている。クライマックスの展開もいかにもジャンプ的な友情・努力・勝利に結びついていました。サイコーの家族要素も叔父の漫画家・川口たろうのみで、父母や祖父などは出てこない。この辺の割り切り方、改変は映画としてタイトになり話が煩雑にならず正解だったと思います。 何より全編漫画への愛とリスペクトが溢れていたのが素晴らしい。エンドクレジットは思わず涙が出ましたよ。間違いなく、今年見た中ではベスト・エンドクレジット賞です。


■8位:ミッション:インポッシブル/ローグネイション


 トム・クルーズ主演シリーズの5作目。前作で顕著だったチーム感は継続し、敵か味方かわからない女スパイの存在がいいアクセントになって物語を推進します。予告編でも流れまくってた、飛行機にしがみつく壮絶なシーン(あれ、アバンタイトルなんですよね)をはじめとするスリリングなアクションはジェットコースター的に押し寄せてきてこれでもかと盛り上げる。ラストの大逆転劇はシリーズ最高と言ってもいい快感で、これぞ「スパイ大作戦」というカタルシスを与えてくれます。トム・クルーズが堂々たる主役なのは間違いないですが、メンバーそれぞれが持ち味を発揮して敵を追い詰める、というチームプレイが醍醐味です。単純に見て楽しめる娯楽作として、非常に正しい映画だと思います。前作、今作と来て、いよいよこのシリーズこれ以上の作品は難しいんじゃないか、というレベルに達した気がします。今年は『キングスマン』も面白かったし、スパイものが盛り上がってましたね。


■7位:バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)
All Star Coffee

 かつてヒーロー映画で一世を風靡するも世間から忘れられた俳優がブロードウェイの舞台で復活しようとする。その男をティム・バートン版「バットマン」で主役を演じたマイケル・キートンが演じるというところにメタ・ドキュメンタリー感があります。若い時は自分が天才で何でもできると勘違いする時期が多かれ少なかれ誰にでもあるでしょう。そうではないと気がついてなお、老いてから再び羽ばたけるのか。この映画はそうした世の中年全員に対する応援映画だと思います。マイケル・キートンが劇中で使う超能力は一見物語に不要にも思えるが、若かりし頃に抱いていた無敵感や自信のメタファーではないでしょうか。全編ワンカットで撮影されたかのような映像と編集は圧巻の一語。撮影監督は『ゼロ・グラビティ』でもアカデミー受賞したエマニュエル・ルベツキ。この映画も一見地味ですがどうやって撮られたのかわからないほどよくできていると思います。


■6位:セッション
映画『セッション』公式サイト

 ジャズを題材に音楽大学を舞台としているけど、その点でリアルを描き出そうという作劇では全くなかったと思います。あくまでも舞台装置、ツールであって、実際はこんな鬼教官はいないとか、授業内容がおかしいとか、それを理由に評価しようとするのがそもそもおかしいという気がします。ラストの演奏シーンのカタルシスは確かに凄まじいものがありました。ただ、個人的には満点評価とはいかず。それは途中の細かい描写で説明不足や回収されないシーンなど、脚本上の瑕疵が散見されたことによります。ただ、それを加味してもパワフルで圧倒されるエネルギー溢れた映画でした。あと、僕は大学のジャズ教育については知りませんが、少なくともアマチュアの音楽指導の場においては多かれ少なかれ「恐怖」で統率しようとする指導者はいると思います。この映画におけるフレッチャー教官のような極端な例は少ないでしょうが、映画として誇張して描いたという意味では全然アリなレベルだと思います。なので、その点では荒唐無稽とは全く思いませんでした。ジャンルは違えど、アマチュアで音楽やってる人は一度は見ることをオススメします。


■5位:シェフ 三ツ星フードトラック始めました
#映画シェフ 三ツ星フードトラック始めました | オフィシャルサイト | ソニー・ピクチャーズ

 一人の男と彼の人生、親子関係、夫婦関係、それらの再生の物語です。『アイアンマン』『アベンジャーズ』で監督や製作を努めたジョン・ファブローが監督・製作・脚本・主演でイチから作ったインディー映画。一流レストランのシェフが諸々あってフードトラックの屋台から再出発、というのは超大作映画からインディーへ、というジョン・ファブロー自身の道程にも重なります。全てを捨てて裸一貫での再出発。劇中のキャラに役者自身が投影されています。あと何よりも、料理シーンとその数々の料理の美味そうなこと。いつ、誰が、どこで、どんなシチュエーションで食事をするか。フード理論的にも非常にオイシい作品ではないでしょうか。ラテン系で陽気な音楽も映画のいいスパイスになっている。スカーレット・ヨハンソンやロバート・ダウニーJr.の出演も含めて、監督の人柄が現れる心温まる一品でした。見ていてすごくポジティブな気持ちになれます。大好きです。


■4位:インサイド・ヘッド
インサイド・ヘッド|映画/ブルーレイ・DVD・デジタル配信|ディズニー公式

 ピクサー恐るべし。傑作でした。ディズニーでは『ベイマックス』もアクションとしてよくできていましたが、これは娯楽作な上に、内容が深い。これは子供よりも大人、特に年頃の子どもを持つ親が見るべき映画だと思います。良かったのは、哀しい思い出も美しいものだって事、記憶や思い出は楽しいとか哀しいとか単純に分類されるのではなくそれぞれがグラデーションなんだという事、大人になるにつれて失うものもあるけど、失うこと自体はマイナスではない事、がキチンと描かれてた所。それをいちいち台詞じゃなくビジュアルでわかるように見せるんですよね。ヨロコビがカナシミの存在意義を知ることで人は大人になるという。自分、そうだ、こんな経験あった!と思い返すことも見ていて多々ありました。向こうのアニメは生身の役者が演じてないだけで、演出やカメラワークも普通の映画と同じように撮るので、本当にキャラクターに命が吹き込まれているように見えます。頭の中の感情をキャラクター化するという突飛なアイディアがこれほど感動的な娯楽映画になるとは、驚きです。唯一残念だったのは上映最初にドリカムの日本版主題歌?がフルコーラスで流れた事です。いらねえよ。


■3位:スター・ウォーズ/フォースの覚醒
スター・ウォーズ/フォースの覚醒|映画/ブルーレイ・DVD・デジタル配信 | スター・ウォーズ公式

 今年最大の話題作なのは間違いないし、事前の期待値も相当だった割に、批判は少ないと思います。実際、実行不可能とすら思える仕事をよくぞJ.J.エイブラムスはやり遂げたと思います。J.J.エイブラムスは相当ep4を意識して撮ったと思われます。展開も、絵の構図もかなり近い。カンティーナ酒場的なシーンもあったし。ここからまた三部作が始まる、というリブート感はかなり強くあったのではないでしょうか。ep4オマージュというか、同シリーズじゃなきゃただのパクリみたいなシーンや台詞も多々ありますが、その辺はJ.J.の映画オタク性がなせる部分だったのかもなあ、と。個人的にはハン・ソロのあの台詞が聞けたのでよかったです。BB-8は超かわいかった。あのかわいさは異常です。R2-D2と並んだ時の「弟よ」「兄ちゃん!」感がたまらんのですよ。そして、レイ役のデイジー・リドリーも良かった。健康的で、アップに耐えるいい面構え。強さとしなやかさを兼ね備えたヒロインになりそうな予感がします。僕は公開初日に見に行きましたが、明日からはもう「エピソード7を皆知ってしまった世界」な訳で、その分岐点という最高のお祭りと興奮を体験できたのは映画好き冥利に尽きます。予告編なしでルーカスフィルムのロゴから一気にあの画面、あの音楽。キターーー!感ハンパなし。開演、終演時に自然と拍手が沸き起こるなんて、なかなか映画館で体験できません。次のep8はここまでのお祭りにはならないでしょうし、この体験も含めて、最高だったのです。


■2位:6才のボクが、大人になるまで。
6才のボクが、大人になるまで。 - Wikipedia

 純粋には昨年公開の映画なのですが、劇場で見たのが今年だったので。素晴らしかったです。ブログにも記事書きました。
magro.hatenablog.com

 12年かけて、子役の子が6歳から18歳になるまでを実際に撮影し続けた異例の映画ですが、こんな突飛な企画が無事に作品として完成したことが驚きだし、賞賛したいです。母親役のパトリシア・アークエットはアカデミー助演女優賞も納得の演技はもとより、30代半ばから40代後半という、女性にとってはある意味厳しい12年間を残酷なまでに見続けられる仕事だったと言えます。受賞はその女優魂に対するご褒美と言えるかも。同じようなことは「ビフォア三部作」のジュリー・デルピーにも言えます。彼女は20代前半のピチピチした美少女から40代前半までを演じているが、隠しきれない年齢の残酷さはどうしても感じてしまう。ただ、ジュリー・デルピーは別の作品なのに対し、パトリシア・アークエットは本作一本の中で12年間の変化を見られてしまうわけで。やはり勇気のいる仕事だったのでは、と思います。母親の離婚や再婚など、それなりに事件は起こりますが、殺人事件に巻き込まれるとかそういう意味でドラマチックなことは何も起こらない。でも、3時間を感じさせない時間の積み重ね方は見事としか言いようがありません。ラストでメイソン君が言うように、「人生とは瞬間の積み重ね」なのだ。ある少年が青年になるまでを定点観測したこの映画は、どんな人にも同じような時間が流れていたのだということを強く再認識させます。この映画は多くの人が過ごすであろう、平凡な人生への賛歌なのです。


■1位:マッド・マックス/怒りのデス・ロード

<ブラック&クローム>エディション 2017.2.8 ブルーレイ発売 映画『マッドマックス 怒りのデス・ロード』公式サイト

 アクションの見せ方、1シーン1シーンの完成度、演出のキレ、どれをとっても五億点です。歴史的意義とかはおいといても、単純に作品としてみれば『2』は超えたんじゃないかと思います。冒頭30分で作品の世界観がきっちり提示されて、余計なセリフがほとんどないのに映像でそれがきちんと伝わる。この手際の良さ。ジョージ・ミラー御年70歳、キレてます。恐れ入りました。物語はシンプル極まりなく、「行って、帰ってくるだけ」の映画。その中に登場人物それぞれの人生や物語が透けて見える。それも台詞で説明するのではなく、表情や、映像や、仕草によってです。劇中で最もそうした個人のドラマが薄いのが実は主人公のマックスという。それがこの映画におけるマックスの神話性というものを強めている気がします。このやり方が成立するなら、今後も「マッドマックス」シリーズを作れるというフォーマットが完成したと言えるかもしれません。アクションは壮絶の一言。ほぼCGなしでこのカーアクションの連続は、今の時代あり得ないほどのレベルです。2015年の今こんな映画ができてしまったら、今後のアクション映画の作り方が変わってしまうのではという気すらします。だって、この凄まじい映画が基準になってしまうのですから。文句なく今年の1位だし、後から振り返っても2015年は怒りのデス・ロードだったと記憶される作品だと思います。新たなカルト映画の金字塔。ありがとうございました。

RISING SUN ROCK FESTIVAL 2015 in EZO感想(5)

RISING SUN ROCK FESTIVAL 2015 in EZO
■2015/08/15@石狩湾新港

 一旦ステージから離れ、一休みしてから再度サンステージ前に戻る。ステージ上にはドア、窓をはじめソファーやテーブル、本棚などが設置されている。「民生の部屋」と題された通り、部屋を模したセットに次々とゲストが来る趣向と予想。徹子の部屋のテーマが流れ、ドアから奥田民生が現れる。部屋に設置されたビールサーバーでビールをつぎ、ソファーに座って一言「こんばんわ黒柳徹子です」。フェスのメインステージとは思えないゆるい雰囲気の中、アコギを取り出し弾き語りで歌いだす。こんなシチュエーションで「イージュー☆ライダー」を聞ける贅沢。ほどなくしてインターホンが鳴り、最初のゲスト、Perfumeが登場。先ほどまで出演していたそのままの衣装で、郷土の先輩民生の部屋に遊びに来たのだ。ゆるゆるな会話の後、「レーザービーム」を共に歌う。口パクでない、生歌のPerfume「レーザービーム」を聞く機会などまずないので非常に貴重。そして、ソファに座ったまま振付をなんとなく踊る3人がとても可愛かった。
 続いてインターホンが鳴り、2組目のゲスト登場。その正体は、何と松崎しげる。大御所の登場に観衆も沸く。まさかである。楽屋裏で相当飲んでいたらしく、いたくご機嫌である。松崎しげるもギターをつま弾きながら即興で民生の歌を歌ったり、「オーバー・ザ・レインボウ」やビートルズを歌う。鼻歌レベルながら死ぬほど歌がうまいのがわかる。そしてサウスポーのギターも驚くほどうまい。長い芸歴は伊達ではない。そしてやはり、松崎しげるが出てきたからにはこの曲を歌わないわけにはいかない。というわけで「愛のメモリー」を熱唱。この時の民生は邪魔をしてはならぬとギターやコーラスも入れず、ただただうろちょろして聞き入るのみだった。その歌唱力と存在感に圧倒された後、3組目のゲスト登場。髪型がアフロだったので一瞬?となったが、トータス松本登場。前のゲストで緊張していたせいか、民生のトータスいじりが炸裂する。「なんでウルフルズでライジング出ないの?ジョインアライヴに出てるから?」など、きわどいトークも。「ええねん」「いい女」と2曲歌い、トータス退場。正直、松崎しげるの後のトータスは彼の歌がダメというわけじゃなく、ゲストの格やインパクトの点で順番が逆の方がよかったと思う。彼もやりにくかっただろう。その後は民生一人で2曲披露。時間を予定よりオーバーしつつの楽しい時間だった。おそらくは50歳を迎えた民生の特別ステージ的な感じだったのだと思うが、サンステージでこれをやるかというゆるゆるな企画だった。だからこそあえて、というのもあったとは思うけれど。願わくば来年以降はボヘミアンあたりでゆったりと同じようなことをやってほしい。ずっと聞いてたい。

■民生の部屋
1.夕陽ヶ丘のサンセット
2.イージュー☆ライダー
3.レーザービーム(w/ Perfume
4.即興・民生の歌(松崎しげる
5.Over The Rainbow(松崎しげる
6.I Saw Her Standing There(w/ 松崎しげる
7.愛のメモリー松崎しげる
8.ええねん(w/ トータス松本
9.いい女(w/ トータス松本
10.さすらい
11.風は西から

 民生の部屋が時間オーバーしたのでバックホーンには間に合わない。横目で見つつ、レインボーに行きTONE PARKでしばし踊る。ちょうどテイトウワが出てきたあたりでした。当初の目論みでは銀杏BOYSに行くつもりだったのですが、デフガレージに今年一度も入ってないということもあり急遽思い立って全く見たことのない打首獄門同好会に行くことに。ちょうどサウンドチェックが終わるところでした。準備が整い、登場するやいなや客席にうまい棒をガンガン投げ始めます。なんだこりゃ。そして始まったのはうまい棒の歌。昨年の溺れたエビの検査報告書ではかっぱえびせんを投げてましたが、今年はうまい棒です。その後も日本の米は世界一とか、岩下の新生姜の歌とかラーメン二郎の歌とか歌っていて、なんだかよくわかりませんがとても楽しい。テンション高くてガレージっぽいけど曲のテーマが前述の通りだし曲の展開がわかりやすいので初めて聞いた曲でも簡単に盛り上がれる。VJ?の人がいて曲名とか歌詞とかがディスプレイに映し出されるので「はいここサビ!」的なキメも一発でわかる仕掛けになってる。そういう意味でもすごくポップなバンドだと思いました。「最後の曲は、今の時間帯にぴったりの歌と北海道の歌と2曲用意してるんですが、皆さんどっちがいいですか」と観客にアンケート調査。結果、北海道の歌に。何かと思ったら「水曜どうでしょう」の歌だった。ありがとうございます。非常に楽しかったです。こういう知らないバンドとの出会いがあるからフェスは楽しい。

■打首獄門同好会
1.デリシャスティック
2.日本の米は世界一
3.まごパワー
4.New Gingeration
5.私を二郎に連れてって
6.How do you like the pie?

 ラストはアーステントに降谷建志を見に行く。初ソロアルバムがなかなか良かったので。バンドメンバーはkjの他はPABLO(G / Pay money To my Pain)、武史(B / 山嵐、OZROSAURUS)、渡辺シュンスケ(Key / Schroeder-Headz)、桜井誠(Dr / Dragon Ash)の計5名。ソロアルバム『EVERYTHING BECOMES THE MUSIC』では殆どすべての楽器をkjが担当していた。曲調も彼のセンチメンタルでエモーショナルなメロディーがフィーチャーされたものが多く、DAとは違う世界を広げたものだった。そのエモーショナルさがバンドで演奏されることでより強調されるようになっていたのが興味深い。気心知れた仲間たちとのアンサンブルはまるで何年もバンドをやっているかのような阿吽の呼吸を見せ、静かにクライマックスへと向かっていく。DAで無理してるとまでは思わないけれども、より素直に人間・降谷建志の姿が露わになったようなライブだった。

降谷建志
1.colors
2.good shepherd
3.angel falls
4.swallow dive
5.P board
6.dance with wolves
7.sleepin' bird
8.stairway
9.for a little while
10.one voice

 終わった途端、「テンフィに急げ―――!」と袖に消えるkj。すでにサンステージではトリの10-FEETが始まっている。遠巻きに音を聞きつつ、のんびりとラーメンを食べることに。東の空は白んできていた。楽しかったお祭りも終わる。毎年、朝日を見るのは高揚感とともに寂しさが強く残る。ライジングサンというフェスは自分にとって本当に特別な場所で、毎年この場所に帰ってくることを楽しみにつまらない日常を生きていると言ってもいい。ひとりで参加していた時も、奥さんと来ていた時も、仲間と過ごす今も、それは変わらないのだ。また一年、頑張って生きて行こうと思います。今年も楽しかったです。ありがとうございました。また来年。
(了)
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朝は来る。