無事なる男

敗北と死に至る道を淡々と書いています。

ろっくばんど、スピッツ。

三日月ロック

三日月ロック

 正直言って、前作以降のシングルを聞いててもあまりピンと来るものはなかった。けれどもアルバム通して聞くと全然印象が違う。すごくいいアルバムだと思う。僕はスピッツは前作『ハヤブサ』で、『ハチミツ』の呪縛から(一応は)解かれたものだと思っていた。でも彼らにもうひとつずっと付いて回っていることがあって、それはつまり「ロックである」ことへの回答だ。美しすぎるメロディーと優しい声、繊細なギターのアルペジオは彼らの武器であると同時に、いわゆるロック的なダイナミズムから彼らの音楽を遠ざけるものだ。と、思っていたのだろう、彼らは。しかしどう間違って転んだってスピッツがミッシェルやブランキーのようになれるはずもないのは当たり前の話。
 今作が素晴らしいのは自らの武器は武器として磨きつつ、その上で極めてロックっぽいサウンドを実現しているところだ。ボーカルも含めて4人の楽器がシンプルでクリアな位相で鳴っていて、その結果バンドとしてがっちりとまとまったソリッドなサウンドになっている。激しい曲でもバラードでも、である。これはプロデューサー亀田誠治の的確なディレクションによるものなのではないだろうか。だとしたら彼はえらい。かつてスピッツはロックっぽさを出そうとしてギターを歪ませたりビートを強調したりした時期があったが、そんなことせずとも4人がシンプルに演奏するだけで十分ダイナミックなロックバンドであることがよくわかるアルバムになっている。もちろん過去の試行錯誤もその中に生かされているとは思うけど。
 曲も、これぞスピッツという王道をさらに突き詰めた素晴らしい楽曲が並んでいる。実を言うと前作を改めて聞く機会はもうほとんどないと言ってもいい。けど、このアルバムは長くつきあえる作品になるんじゃないだろうか。という気がしている。スピッツであることから全く逃げていない。いい。個人的には「ババロア」がベスト。