無事なる男

敗北と死に至る道を淡々と書いています。

10年ぶりの地味渋。

Up

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 映画のサウンドトラックや、他のアーティストとのコラボレーションを収めた『OVO』など、全く何も音沙汰がなかったわけではないけれども、自身の完全なオリジナル・アルバムとしては実に『Us』以来10年ぶりとなるピーター・ガブリエルの新作。クレジットを見ると、ギターのデヴィッド・ローズやベースのトニー・レヴィン、ドラムのマヌ・カチェなど、ピーガブのアルバムではおなじみの名前が並ぶ。かなり前からレコーディングは行われていたようだ。
 相変わらずものすごく高度なリズム処理と、完璧に近いクリアな音像はそれだけでスピーカーに向かって正座したくなるほどだ。昔からエレクトロニクスとの共存という意味で他のアーティストからのリスペクトを集めていた人だけれども、プロトゥールズなどを用いたハードディスクレコーディングは彼にしてみればお手のものなのかもしれない。でも本作はとにかく地味だ。ジャケットも地味だし、簡単に言うと、『So』の「スレッジハンマー」とか「ビッグ・タイム」、『Us』の「スチーム」や「キス・ザット・フロッグ」のような、ファンク志向の、とっつきやすい楽曲がないのだ。見事なまでに。「バリー・ウィリアムズ・ショウ」にしても、お世辞にもシングル向きの曲とは思えない。しかもほとんどの曲が6分以上という、なかなか初心者には敷居の高いアルバムだと思う。しかし、歌詞の内容は前作、前々作以上に深くなり、人間の内面と死に関係したものが増えている。よく聞くとメロディーも実に王道のピーガブ節がそこかしこにある。楽曲も、確かに1曲1曲は長いが、組曲的に表情やビートが複雑に変化するものも多く、退屈はしない。彼独特の、かすれ気味の憂いを帯びたボーカルは実に素晴らしく、アルバム全体に奥行きと広がりをもたらしている。アルバムとしての完成度はパーフェクトに近い。
 けれども、ファン以外にはなかなか浸透しないアルバムじゃないかなあ。でもそんなのは僕が心配することじゃないけれども。いいアルバムだと思ったし、実際よく聞いている。ピーガブには夜が似合う。静かな部屋の中で聞きたい。