無事なる男

敗北と死に至る道を淡々と書いています。

殿下、天才の証明。

Musicology

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 『レインボウ・チルドレン』はジャズ・テイストの高級感あるアルバムで、完成度は高かったし随所にプリンスらしさはあったけれどポップという意味ではやや輝きがなかった。その後に発表された『N・E・W・S』は全編インストのジャズアルバムで、またもや殿下のひねくれが始まりあそばされたか、と不安になった。がしかし。この新作は素晴らしい。まさにプリンスの王道を行くポップ・ロック・ファンク・R&Bアルバムである。これ、これを待っていたのでありますよ、殿下!
 ロックの殿堂入りを果たし、その授賞式をはじめ最近は様々なイベントで彼の姿を見ることができたし、ここに来て彼からの影響を多くのミュージシャンが口に出している。そんな、久々の追い風機運に乗ったかのようなアルバムだ。タイトル曲や、「ライフ・オブ・ザ・パーティー」のようなキラキラのラメ入りのポップ・ファンクもあれば「コール・マイ・ネーム」のようなファルセットバリバリのプリンスらしいR&Bバラードもある。ほとんどの楽器を彼が演奏していながら密室的にならず、聞いた印象が非常に開放的だという意味では96年の『イマンシペイション』に近い。あの作品は彼が名前を変えるなどの迷走の理由ともなったワーナーとの契約問題に決着がついた喜びと解放感が溢れていたアルバムだったが、このアルバムもそれに近い印象があるということは彼の状態が近年になくいいことを指し示しているのだろう。「ホワット・ドゥ・U・ウォント・ミー・2・ドゥ」はどこか「ドロシー・パーカーのバラッド」っぽいのが個人的に嬉しい。彼が近年エホバの証人に入信しているのはファンなら周知の事実だが、それ以降彼の曲には歌詞カードが伏字になるようなあからさまにセクシャルな単語は全くと言っていいほど出てこなくなった。そのかわり、前述の「ホワット・〜」や「ミリオン・デイズ」のようなバラードは彼のロマンティックな部分がより鮮明に感じられる赤面ものの曲になっている。全体にとてもストレートで、ポップ。彼が80年代後半から90年代前半に、NPGとともにやろうとしていたポップR&Bというのは実はここに集約されているのかもしれないなと思うくらいだ。特に後半、「ザ・マリーイング・カインド」から「オン・ザ・カウチ」まで続くメドレーは本作の聞きどころのひとつ。「イフ・アイ・ワズ〜」なんか、80年代の彼のサウンドを思い出して嬉しくなってしまう。
 そして、見逃せないのはやはり現在の世界に対するプリンスのメッセージが明確に表現されていることだ。「シナモン・ガール」の主人公はイラク自爆テロを行った10代の少女に重なるし、「ディア・ミスター・マン」はブッシュに対しての明確なアンチだ。彼が作品の中でここまで政治的なテーマを扱うことはあまりなかったと思うが、プリンスの人間的な一面というか、そういうものを見れた気がする。これも彼自身がフランクに音楽に向えている証左なのかもしれない。そしてアルバムはこれまでの自分の歩んで来た道を振り返るかのような「リフレクション」で幕を閉じる。40数分があまりにも濃密に感じられる至福の時間。再評価されている往年の傑作に対しても恥ずかしくない、21世紀プリンスの金字塔となるアルバムなんじゃないかな。もしかしてこれよりもすごいのを作っているかもしれないと思わせるところもまたプリンスのすごいところ。