無事なる男

敗北と死に至る道を淡々と書いています。

過酷な運命に血沸き肉踊れ。

 前作も素晴らしかったけど、今回もサム・ライミ監督はやってくれた。ティム・バートンの『バットマン』『バットマン・リターンズ』に匹敵するヒーローシリーズとしてこの『スパイダーマン』は記憶されることだろう。舞台は前作から3年後。主人公、パーカーはスパイダーマンとして活躍する一方、大学生としての普通の人生も送っていた。メアリー・ジェーンは自らの夢を実現し、オフブロードウェイの女優として活躍していた。親友のハリーは父親から受け継いだオズコープ社の社長として大きな野心と共に有能な科学者に出資していた。しかし、前作でスパイダーマンに父親を殺されたハリーはスパイダーマンに対していまだ復讐の炎を燃やしており、スパイダーマンの写真を新聞社に送るなど彼の親友(ということになっている)であるパーカーにはその点だけ大きなしこりを持っている。パーカーはメアリー・ジェーンに対して変わらぬ思いを抱きつつも、スパイダーマンである自分といると彼女に危険が及ぶことを恐れ、自分の気持ちを偽り続けている。そんなパーカーに業を煮やしたメアリー・ジェーンは宇宙飛行士との婚約を発表する。
 基本的にはこの3人のドラマが軸になるわけだけど、既にこれは実に正しい青春ドラマの様相である。前作同様サム・ライミはこの青春ドラマとパーカーの心理描写に執拗に時間をかける。ヒーローであるために自分のやりたいことを抑えて生きることに疲れ、スパイダーマンを辞めてしまうパーカー。そして、紆余曲折の末やはり自分はスパイダーマンとして生きるしかないんだ、という決意を新たにするのだが、その過程で様々な伏線が実に効果的に用いられていて唸ってしまう。今回の悪役はハリーの援助を受けて核融合の研究しているオットー・オクタヴィウス博士。実験に失敗し、人口知能を持った4本のアームと合体し、知能を乗っ取られ怪人ドック・オクとなってしまう。前作のグリーン・ゴブリンもそうだし、今回のドック・オクもそうだし、そもそもパーカーもだが、この映画に出てくるキャラクターは自分の意思で人間を超越してしまったわけではない。あまりにも過酷な運命に翻弄されている。悪役は単純に完全懲悪のイディオムの中で退治されるのではないし、スパイダーマンのダメ男くんぶりは前作でも今作でもこれでもかというくらいに描かれている。そういった切なさが『スパイダーマン』の肝であり、「親愛なる隣人」として愛される理由なのだと思う。
 そして今作ではパーカーがスパイダーマンのマスクを取り素顔で活躍するシーンが多いのだけど、これも実に効果的に彼らの過酷な運命をさらに推し進めるツールとして機能している。逆に、この運命の中で苦悩するパーカーの姿を見せるためにマスクは邪魔だったのかも知れないと思うくらいだ。ラストでの次作(間違いなくあります)への伏線の強烈さと、そこで描かれるだろう過酷なドラマに更にワクワクし、沸点に達した所で本編は終わるのである。前作の時も思ったけど、なんて上手いんだ。一つだけヒントをいうと、前作の感想で僕は「あまりにも巧妙に続編の存在と次の敵役を暗示するラストシーン」と書いたのだけど、その続編というのはこの『2』ではなくて来るべき『3』であるのである。最初から3部作として構成されていたのか!やられた!という感じ。3年後が今から待ちきれないほどに、このシリーズでのライミの演出は完璧といっていい。SFXやアクションももちろん見どころ満載だけれども、このシリーズはやはり僕はドラマと、その演出の妙を楽しむべきだと思います。