そして『アンコール』の幕は閉じる。
- アーティスト: Eminem
- 出版社/メーカー: Aftermath
- 発売日: 2004/11/12
- メディア: CD
- クリック: 11回
- この商品を含むブログ (49件) を見る
「イーヴル・ディーズ」や「ピューク」など、これまでと同様母親や元妻キムヘの憎悪を撒き散らす曲もあるが、歌詞を読んで目に付くのは「ネヴァー・イナフ」や「レイン・マン」のように、度重なる彼自身への攻撃や批判との戦いに疲れ、リセットしてしまいたいというような心情を吐露したものだ。特に珠玉なのは彼のアマチュア時代の音源がリークされ、その歌詞の一節を取り上げて人種差別と糾弾された事件を元にした「イエロー・ブリック・ロード」と、まさに戦いに疲れた彼自身の姿をそのままさらけ出した「ライク・トイ・ソルジャーズ」の2曲。特に後者は個人的には『マーシャル・マザーズLP』に収録された「スタン」に匹敵する名曲だと思う。(80年代アイドル・マルティカのサンプリングが懐かしい)
前作『ザ・エミネム・ショウ』でも重要なテーマだったように、今の彼にとって最も大切なものは愛娘ヘイリーとの生活である。しかし、このまま戦い続けるポップ・モンスターを演じることは、その幸せな生活が脅かされることにつながる。前作でも語られたその葛藤がここではさらに現実的な悩みとして吐き出されている。そして彼はポツリと漏らすのだ「もう降りようかと思うんだ」と。相変わらず素晴らしいライムの完成度とそのスキル、トラックのクオリティだけでも聞かせるが、その実ここまで真摯で重厚な一人の人間の自己表現というものがポップエンターテインメントの中で実現しているということ自体が奇跡に近いと思う。
今作でもうひとつ重要なポイントを担うのは大統領選前にリリースされ、本格的にブッシュ批判をし大衆に行動を起こせと呼びかけた「モッシュ」だろう。彼が自分の人生を切り売りするのではなく、こうした建設的なメッセージを投げかけるのは初めてのことである。エミネムがこういうことを歌わねばならないほど今のアメリカの状況が異常だという言い方もできるかもしれないが、それよりもエミネム自身が「くだらないビーフ(対立)よりも語られるべき言葉を発するべきだ」と感じたのじゃないかと思う。マイケル・ジャクソンをネタにした「ジャスト・ルーズ・イット」も、まだまだこれからも行くぜと歌う「アンコール」も、一人の人間としての悩みや葛藤そして弱さを剥き出しにしたエミネムを前にしては強がりにしか見えない。ラストの銃声はアルバムカバーにあるように彼が他人に向けて放ったものか、自分に向けたものか。「アンコール」の先には何があるのか。それとも何もないのか。いずれにしても、僕はいつかエミネムに自らの弱さを乗り越えた上での光を鳴らしてほしいと思う。彼自身のために。そしてヘイリーのために。