書を捨てず、町へ出よう。
- アーティスト: サカナクション
- 出版社/メーカー: ビクターエンタテインメント
- 発売日: 2009/01/21
- メディア: CD
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前作『NIGHT FISHING』は、夜をテーマとした内省的なアルバムだったが、本作の前半は基本アッパーな陽性のイメージで進行する。夜がテーマの曲もやはり多いが、その舞台は自分の部屋やベッドではなくネオン輝く眠らない街の中である。まずこの点が大きく違う。しかし、全体的なテーマとしては都会の中の孤独感とでも言うべきもので、今日(現在)と明日(未来)の狭間である夜という時間の中で他者(君)とのコミュニケーションを望みつつひとり哲学するという、つまりは前作までのサカナクションと基本的には変わっていない。アッパーなダンスサウンドはそのコミュニケーション願望の強い現われのようなものかもしれない。よりポップになろうとする意思、のような。
「minnanouta(みんなのうた)」というインストを挟んだ後半は一気にサウンドの陰陽が反転し、山口一郎の文学性が強く表に出た曲が増える。前半のクライマックスがシングル「セントレイ」だとすれば、後半の裏クライマックスは間違いなく8曲目「enough」。「何度でも何度でも 嘘つくよ 人らしく/疲れても それしかもうないんだ」という、諦めにも似た自虐的な心情吐露。山口一郎は基本こうした暗くヘヴィーな認識を持つ文学的なソングライターであるのだが、と同時に他者とのつながりを強く求めるポップ・クリエイターでもある。どちらが本音でどちらが嘘というわけでもなく、常に両者の間で漂う木の葉のような自分。そんなちっぽけな自分を強く意識しながら、他者の存在、その繋がりを勇気に変えて明日を生きようという意志が最後の曲に描かれているように思う。その曲を「human」と名づけるところに、彼らの純粋性が見える気がするのだ。
このアルバムのテーマは元々彼らの中にあったものだとは思うが、それが強く出てきたのは東京という街に移り住んだことが大きなきっかけになっているのではないだろうか。個人的な経験から言うと、北海道のようなぬくぬくとした(気候的にではなく)場所から東京に行くと、あまりの人と情報の多さ、プラス寂寞感にやられてしまい、イヤでも自分自身と向き合う時間が多くなるのだ。本作はサカナクションというバンドが養殖場から自然の大海原へ飛び出したようなアルバムではないかと思う。自由も厳しさも受け入れた上でタフになった彼らがここからどこへ泳いでいくのか、その可能性は限りなく広い。