無事なる男

敗北と死に至る道を淡々と書いています。

山下達郎札幌行脚2010・最終章〜35年の重み。

山下達郎 Performance2010
■2010/08/16,17@ニトリ文化ホール(旧北海道厚生年金会館
 山下達郎は昨年のツアー時に「来年もやります」ということを言っていたのだけど、長年のファンとしてはそういう言葉を真に受けてはいけない、という姿勢が身についてしまっているので言葉半分に聞いていた。しかし、あろうことか今年も山下達郎はツアーを行うのだ。有言実行である。素晴らしい。しかし、9月に発売予定だったアルバムは延期になってしまった。1勝1敗。このへんが達郎氏らしい、と言っていいのか。
 今回のツアーは一応、シュガーベイブから数えてデビュー35周年と言うアニバーサリーツアーとなっている。が、今後もできる限り毎年ツアーの予定を組みたいと達郎は言っていた。昔のようにアルバムのプロモーションとしてツアーをやるのではなく、やりたい時にやりたい曲をできる限りやるのだと。こういう発言が出るようになったのも、現在のメンバーでのツアーとレコーディングが順調に行っているからなのだろう。固定メンバーで回る目処がついたことは非常に喜ばしい。この調子なら来年も楽しめそうだ。
 その、アニバーサリーを自分で祝うかのように「HAPPY HAPPY GREETING」でスタート。この曲はKinki Kidsのために提供し、達郎氏のレコーディングとしてはレア音源集『RARITIES』に収録されている。そして、間髪入れずにおなじみのギターリフ。「SPARKLE」である。やっぱりオープニングにこの曲を聞くパターンが一番好きだ。ライジングサンの感想でも書いたし、過去のライブ感想でも何度となく書いているけれど、僕にとってはこの曲のイントロが山下達郎という人の音楽の不変性を最も体現している音なのだ。「DAY DREAM」から「DONUT SONG」という流れも含め、この序盤は石狩のときと同じ。あの濃密なステージはツアーセットを凝縮したものだったと思えば当然のものだとも言える。ライジングサンの話にも言及し、「石狩に行った方?」と挙手。結構いた。野外でのライヴというのも実は29年ぶりのことだったというのは意外である。ブレイク時の印象が強いのでいまだに山下達郎というと「夏、海」的なイメージもあるが、そんなに夏の野外ではやったことがないし、アルバムも秋冬に出るパターンが多かったのだ(そして、冬から春にかけてツアーをする)。話はシュガーベイブ時代に遡り、いかに当時のシュガーベイブが日本のロックシーンから浮いていたか、イベント等でブーイングを受け、ほとんど聞こえない拍手を背にステージを降りた記憶などを達郎氏は語る。そのトラウマが、29年ぶりというフェス出演になったのかもしれないと。だから、今回のライジングサンのように大歓声で迎えられるのは隔世の感だという。おかげで楽しくやれた、呼んでくれればまた出ますと言っていた。「WINDY LADY」〜「砂の女」は、当時のシュガーベイブでのアレンジを完コピで再現したもの。僕も解散ライブの音源を何度も聞いたが、この流れは本当に渋くてカッコいいのだ。
 今回のツアーでどの曲をやってほしいか、というアンケートをファンクラブで行ったところ1位になったという「潮騒」をエレピの弾き語りで演奏。実に久しぶりに演奏したらしいが、それは愛用のエレピが壊れてしまい、演奏したくてもできなかったのだそう。メーカが倒産してしまい、同じモデルが手に入らなくなってしまったのだそうだ。本来キーボードプレーヤーでない達郎氏にとっては微妙なタッチの違いが演奏に大きく影響してしまうらしい。ところが、メーカが復活し、復刻モデルが手に入ったことでまた「潮騒」が演奏できることになったそうだ。達郎氏らしい、こだわりを感じさせるエピソードである。同様にアンケートで2位になった「2000トンの雨」をカラオケで熱唱。達郎氏のカラオケについてはMCの定番爆笑ネタがあるのだけど、ここでは割愛。ぜひ、会場で直接お聞きください。
 続いては恒例の一人アカペラタイム。達郎氏がドゥーワップに傾倒するきっかけとなったのはムーングロウズの「シンシアリー」という曲だそうだが、そのムーングロウズの中心メンバーだったハーヴィ・フークァ氏がこの7月に逝去した。追悼の意味をこめて、『ON THE STREET CORNER1』に収録されたムーングロウズの「MOST OF ALL」を演奏。もう1曲は「I ONLY HAVE EYES FOR YOU」。数年に一度のツアーだと選曲も有名どころに偏ってしまい、なかなか渋い選曲ができないそうだが、毎年やるとなれば地味だけどやりたい曲がやれるというので選んだという。この人、本気で来年もツアーするつもりだぞ。
 『Season's Greetings』の「神の御子は今宵しも」をバックに再びバンドが登場し、そのまま「クリスマス・イヴ」へ。カッコいい!この曲を夏に聞くのもいいものです。映画『てぃだかんかん』の主題歌、「希望という名の光」では、この曲を作るきっかけをくれた岡村隆史君と、友人である桑田佳祐君に捧げます、と語っていた。「さよなら夏の日」をはさんで、再びシュガーベイブ時代の「今日はなんだか」。当時はこの曲をよくライブの最後に演奏していて、今回もそうしようと思ったがメンバーの猛反対でやめたと言う。ちなみにシュガーベイブの残した唯一のアルバム『SONGS』は、レコード・コレクターズ誌が選んだ「日本のロック/フォーク・アルバム100選(60〜70年代編)」で見事3位に選ばれた(1位ははっぴいえんど『風街ろまん』、2位はジャックス『ジャックスの世界』)。達郎氏は先のライブの話にしても、いかに不遇だったかと言うことを自虐的に冗談めかして話すことが多いが、技術的に未熟だったとは言ったとしても、音楽として間違ったことをやっていたとは絶対に言わない。時代にはそぐわなかったが、正しい音楽をやっていたという自負はこの35年間、持ち続けてきたのだ。リマスターされた『SONGS』のライナーで達郎氏はこう書いている。「このアルバムを聞くと、当時の自分から『お前の中のロックンロールはまだ生きているか』と問いかけられている気がする」と。この想いこそが、彼の一貫した姿勢に現れているのではないかと思うのだ。
 「Let's Dance Baby」では恒例のクラッカーが会場中で鳴り響く。「しかしアンタ方も頑固だよね」と彼は笑う。このクラッカーの「お約束」がなければ、とっくにこの曲をライブでやるのはやめていただろうと言う。それが、気がつけばこの30年間、とあるファンがクラッカーを鳴らしたときから一度もライブのセットから外れたことのない最長不倒を記録しているのだ。これもまた、アーティストとファンの間で交わされた約束のひとつである。このクラッカーがなる瞬間が僕は本当に好きだ。この曲は元々キングトーンズのために書かれたもので、作詞は吉岡治氏によるもの。その吉岡氏もまた、今年の5月に亡くなった。この曲の間奏部分では、毎回オールディーズなどのフレーズが次々とメドレーで歌われるという趣向があるが、今回は吉岡氏への追悼の意をこめて「吉岡治作詞曲集」だった。「おもちゃのチャチャチャ」、「真赤な太陽」、「大阪しぐれ」、「命くれない」、「北酒場」、「津軽海峡冬景色」。錚々たる名曲の数々。お見事!本編は「アトムの子」、「LOVELAND, ISLAND」と続き、終了。
 会場のニトリ文化ホールは元々厚生年金会館だった場所で、管理が民間に移行して名前が変わった。今回の公演ではステージ前のオーケストラピットが降りて、その場所も客席となっていた。これは達郎氏がずっと希望していたことだったのだが、厚生省のお役人が管理していた時代は絶対にやってくれなかったそうだ。民間になり、初めて実現したと達郎氏は喜んでいた。彼のこだわりはこんなところにもある。アンコールの「RIDE ON TIME」、ラストではおなじみのメガホンが登場するが、このメガホンは今は無き大阪フェスティバルホールから貰い受けたものだそうだ。「死ぬまで使います」とのこと。彼のフェスティバルホールへの愛情が見て取れる。
 シュガーベイブと言えばこの曲、「DOWN TOWN」でバンドは退場。最後は土岐英史氏のサックスをバックに「YOUR EYES」を熱唱し、終了。すばらしく充実したおなかいっぱいのステージ。昨年のツアーから一部新メンバーとなったバンドの演奏も非常に一体感のあるもので、非の打ち所が無い。達郎氏のライブは毎回、3時間を越える。昔売れていなかった時代はライブのたびに「この会場にはもう来れないかもしれない→やれるだけたくさん演奏しよう」だったのが、今は「もうあと人生で何回ライブができるかわからない→やれるだけやろう」で、結局3時間になってしまうのだと言う。しかしファンの贔屓目なしに見ても、今の達郎氏のパフォーマンスはギターも歌も衰えは全く感じられない。このステージを毎年見れるのだとしたら、僕たちはとても幸福だと思う。僕は山下達郎という人を通じて、音楽だけでなくいろんなことを教えてもらった。これからもまだまだたくさん教えてもらい、そして楽しませてもらうつもりでいる。よろしくお願いします。

■SET LIST
1.HAPPY HAPPY GREETING
2.SPARKLE
3.DAY DREAM
4.DONUT SONG
5.僕らの夏の夢
6.WINDY LADY
7.砂の女
8.SOLID SLIDER
9.潮騒
10.2000トンの雨
11.MOST OF ALL
12.I ONLY HAVE EYES FOR YOU
13.クリスマス・イヴ
14.希望という名の光
15.さよなら夏の日
16.今日はなんだか
17.LET'S DANCE BABY
18.アトムの子
19.LOVELAND, ISLAND
<アンコール>
20.街物語
21.RIDE ON TIME
22.DOWN TOWN
23.YOUR EYES