無事なる男

敗北と死に至る道を淡々と書いています。

2017年・私的ベスト10~映画編(2)~

■5位:ゲット・アウト

getout.jp

 この映画は人種差別をテーマにしたホラー映画として紹介、宣伝されています。確かに前半は何が起こっているのかわからない奇妙な違和感や緊張感が支配しています。しかし、物語が大きく動き出す後半は全く別の映画になる。ほとんどコメディと言っていい荒唐無稽さとストーリーの飛躍。この、あれよあれよとジェットコースターのように思いもよらぬ方向に連れていかれる感は昨年末にヒットした拾い物の傑作『ドント・ブリーズ』や同じく昨年の傑作ノワール『マジカル・ガール』にも通じるものがある気がします。(ちなみに『ゲット・アウト』は『ドント・ブリーズ』のさらに半分の予算しかありません)
 監督のジョーダン・ピールはこれが初監督作品で、元々はきわどい人種差別ネタを得意とするコメディアンだそう。「ホラーとコメディは共通する」という監督のコメントもあるように、これまでの彼のキャリアを総括するような作品になっているのでしょう。低予算ながら発想と工夫でこれだけ面白いものを作れる、という気概も感じます。
 前半のパーティーのシーンで、クリスに対する白人たちの話があまりにも典型的すぎる(オバマタイガー・ウッズの話題ばかり出るなど)のは、そのつもりがなくとも無意識の所で実は差別的な言動をされているような、黒人ならではの「あるある」に満ちているのだと思います。こういう違和感や居心地の悪さを上手く描けるのは、そういうものを笑いに転換するコメディアンである監督の得意とするところなのかもしれません。


■4位:マンチェスター・バイ・ザ・シー

 非常に物静かで、穏やかな風景が美しい映画。しかしその裏には一人一人の登場人物たちの葛藤や思いが激しく動いています。リー・チャンドラーという主人公の男がなぜ誰にも心を開かないのか。なぜ、マンチェスター・バイ・ザ・シーを去らなくてはいけなかったのか。それは物語の核心を突くネタバレになるので伏せますが、その出来事が彼にとって重くのしかかる呪縛になっています。普通の映画であれば、兄の息子パトリックとの交流を経て過去を乗り越え、新たな家族の物語が始まる…という感動物語になるところが、この映画はそうではありません。乗り越えられない過去もあるのだ、ということをこれでもかと見せつけるのです。リーは自分が犯した罪を決して赦すことはできません。しかし彼は法では裁かれず、自ら死ぬことも許されなかった。複数の人間の人生を狂わせたほどの過去がそう簡単に清算されるわけはないのです。何ともいたたまれない。
 回想シーンを除いて、この映画での登場人物たちの会話は全編とことんぎこちない。全員が、お互いの距離を計りかねているように見えます。リーをはじめ、パトリックもリーの元妻のランディも、ハリネズミのように自分の心をガードしています。なので逆に劇中でポイントとなるのは誰かが誰かに激しく感情をぶつけたり、突発的な行動に出る場面だと思います。その中で、彼らは少しずつ、本当に少しずつではあるけれど近づくことができる。そういう、微妙な心理を実に見事に描いた映画だと思います。
 ケイシー・アフレックもミシェル・ウィリアムスもそれぞれの人生、キャリアでつらい過去や失敗を経験してきた人です。僕はマット・デイモンではなくケイシー・アフレックがリーを演じてよかったと思います。個人的には主人公に感情移入してしまって、後半はボロ泣きでした。人は一人では生きられないし、前へ進むこともできないのです。40代も半ばになると、本当に良くわかりますよ。


■3位:メッセージ

 ある日、地球各地に大きな宇宙船のような物体が出現する。言語学者のルイーズ・バンクス(エイミー・アダムス)は宇宙船から発せられる音や波動から彼らの言語を解明し、何らかの手段でこちらのメッセージを彼らに伝えるよう、国家から協力を要請される。宇宙人にはタコの足に似たものがあったため、彼らをヘプタポッドと呼ぶようにした。彼らはその先端から図形を吐き出す。ルイーズたちは刻々と変化する図形の規則性を見出し、コミュニケーションを取ろうと試みる。
 物語はヘプタポッドとの対話を試みるルイーズたちの奮闘と、彼らを脅威と見なして攻撃しようとする各国首脳たちの動向を時限的にスリリングに描く。しかし本作の肝はそこではなく、なぜヘプタポッドが地球に来たのか、彼らの言語(文字)を解読する中でルイーズにどんな変化が生じたのか、そして時折インサートされるルイーズと娘・ハンナとの記憶です。これらは密接に絡み合っていて、言語学における「サピア=ウォーフの仮説」がひとつキーワードとなっています。詳細は省きますが、簡単に言うと「言語はその話者の世界観の形成に差異的に関与する」というものです。例えば、英語だと主語の次にすぐ述語が来るので、結論を先に言わなくてはいけませんが、対して日本語や韓国語では述語が来るのは文章の最後なので、結論が最後になります。話している最中に結論を変えてもいいのです。なので英語よりも優柔不断な場合が多い、みたいな話です。劇中で一つキーとして出てくるのは、ヘプタポッドには時間という概念がないという事実です。過去も現在も未来も区別がなく、時制を超越しているのです。では、サピア=ウォーフ仮説が正しいとして、ヘプタポッドの言語を理解し始めたルイーズにどういう影響が出始めるのか。ここまで来て、見ている側にも理解できるのです。ヴィルヌーヴ監督は冒頭からハンナとルイーズのシーンを明らかに回想シーンのように撮っているのですが、それは意図的なミスリードだと思います。ルイーズに生まれたハンナという娘、そして彼女が病魔に侵されて亡くなってしまう悲劇。それはこれから起こる未来の話だったのです。
 ヘプタポッドが描く文字のように、映画自体も円環構造でオープニングと同じ場面で終わします。本作は「未来に悲劇が待っていると知って、選択を変えるか否か?」と問いかけるのです。ルイーズはハンナを産むことを選びます。その選択を支持するかどうかは意見があ分かれるでしょうが、それは本作の評価には関係ないと思います。未来のビジョンから現在の行動が変化するので、明確にタイムパラドックスになっているところが引っ掛かる人も多いと思います。でもこれだけあからさまにやっているのはやはり意図的なんじゃないかと思います。この映画が伝えたいのは科学的に正しい考証ではなく、「あなたの人生の物語」なのだから。
 SFでありながら、その実は人間への根源的な問いかけになっているという、非常に哲学的な映画でした。アカデミーで作品賞はじめ複数ノミネートされたのもそういう部分でしょう。先に見た『パッセンジャー』もそうだったけど、見た後で感想を語り合いたくなる映画です。


■2位:ベイビー・ドライバー

 オープニングのカーチェイスシーン。ジョン・スペンサー・ブルース・エクスプロージョンの「ベルボトム」に合わせて展開される、スピード感あふれるカーアクションが異常なカッコよさです。一部では「カーチェイス版『ラ・ラ・ランド』」などとも言われているようですが、実際『ラ・ラ・ランド』のオープニング「Another day of sun」に負けるとも劣らない見事なアバンタイトルだと思います。ベイビーが常に音楽を聞いているという設定もあり、この映画では常にバックに流れる音楽が大きな意味を持ちます。登場人物のセリフや生活音(靴音、テーブルにカップを置く音、ドアが閉まる音etc)など、様々な音がBGMとシンクロするように作られている。偏執的と言えるほど拘った撮影と編集だと思います。当然ながらそこで流れる曲はなぜそのシーンでこの曲なのかという意味がきちんと込められているわけです。『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』や『オデッセイ』など、最近はこうした手法で音楽を重要な要素にしている作品も多いですが、映像とのシンクロという意味でも本作の拘りはひとつ頂点を極めてしまったと思えるほどです。エドガー・ライト監督は『ホット・ファズ―俺たちスーパーポリスメン!』や『ワールズ・エンド 酔っ払いが世界を救う!』などの過去作でもオタク的な小ネタや拘りを随所に見せていましたが、今回は天晴な所まで来たと思います。
 カーアクションと音楽だけの映画ではなく、過去にトラウマを負った少年がそれを乗り越えるという成長物語でもあります。耳鳴りはベイビーにとって真正面から向き合いたくない過去の記憶であり、息苦しい世の中そのものの象徴でもあるのでしょう。そこから彼を救いだすのがヒロインのデボラであり、ラストでこれまでの罪を償い、子供(ベイビー)から大人になった彼にはもう耳鳴りは聞こえていないのです。作品の元ネタとしてグレアム・グリーンの小説「ブライトン・ロック」があるというのは町山智浩氏の解説でもわかりやすく指摘されていますが、読んでいなくても問題はありません。ただ、ベイビーが最も好きな曲がクイーンの「ブライトン・ロック」であるのはその小説のタイトルから来ているということを覚えておけばいいと思います。素晴らしい音楽映画であり、青春映画。エドガー・ライト監督にとってもキャリア最高の傑作だと思います。


■1位:ドリーム

 プロットを聞いただけでこれは絶対見たい!と思った映画だし、実際見てみて期待以上。日本公開が遅れたのは客が呼べるスターが出ていないとか、題材が地味とかいろいろと理由はあるのだろうけど、こういう映画こそ、ちゃんと宣伝して伝えるべきと思います。昨年『この世界の片隅に』が証明したように、口コミでもちゃんと広がりますよ。「私たちのアポロ計画」とかふざけた邦題つけなくて本当によかったと思います。
 とにかく、演出が丁寧。台詞だけでなく、画面の構図や役者の所作、劇伴の音楽など、いろいろな所で前に出てきたものが活かされる作りになっています。それが単なる伏線の回収ではなく、物語の推進力を増し、感動を呼び起こす装置として見事に機能していて上手いと唸ってしまうシーンがいくつもありました。白眉は、やはりケビン・コスナー演じる技術責任者がキャサリンに「ある物」を手渡すシーン。ここは冒頭のシーンと重ね合わさって涙が止まりませんでした。
 全ては「前例がない」という理由ではねつけられる。メアリーが白人専用高に行くために訴えるシーンも爽快でした。。誰かが最初に、ファースト・ペンギンにならなくてはいけない。前例がない有人宇宙飛行をやろうとしているのに、前例に囚われていてどうするのか。クライマックスに向け、NASAの中にそうした垣根が取り払われていくのは心が熱くなりました。
 本作がアメリカで『ラ・ラ・ランド』を超えるヒットになったのは、親が子供連れで、特に黒人で女の子を持つ親が子供に見せるために足を運んだからだそうですね。理系離れと言われ、大学の研究費も削減されっぱなしの日本でも、この映画は多くの人に見られて然るべきだと思います。この映画は様々なハードルや困難を乗り越えて何かを達成する人たちの物語。そのハードルとは主人公たちにとっては人種差別や偏見ですが、人類にとっては宇宙へ行くために重力を乗り越えるということでもあると思います。主人公たちが頭脳と能力で周囲を認めさせると同時に、人間が科学の力によって重力を超え宇宙へ行くというカタルシスが並行して描かれています。この映画のテーマは人種差別ですが、それと同時に人間賛歌、科学賛歌でもあったと思います。


 個人的に『ドリーム』はやっぱり頭一つ抜けてたなと思いますが、他にもいい映画は多くて10本選ぶとなるとどれを外すか悩むところでした。『ムーンライト』『ハクソー・リッジ』『ダンケルク』『アトミック・ブロンド』『ブレードランナー2049』『ELLE』、などなど。来年も50本目標に映画館に通おうと思います。今年はHDDに録りためた昔の作品を見る時間があまり取れなかったのでその辺も来年は頑張ろうと思います。