無事なる男

敗北と死に至る道を淡々と書いています。

僕の中のロックンロール。

SONGS 30th Anniversary Edition

SONGS 30th Anniversary Edition

 他人と違うことを自らの信念に基づき実行するというのはすごく勇気の要ることだ。そしてそれが世間に認められるようになるには想像以上のエネルギーと、時として長い時間が必要になることがある。僕がシュガーベイブの唯一のオリジナルアルバムである本作を聞く度に思うのはそんなことだ。
 今の山下達郎大貫妙子と比べるといかにも若い(青い)という感触は否めないが、後の彼らのソロワークに通じる才能の萌芽が既にほとんどここにあることに驚かされる。ドラム、ギター、ベース、キーボード、すべての楽器が多様なリズムを叩き出し、それらが複雑に絡み合ってグルーヴを生み出していくという手法は本人たちに言わせると演奏が下手なことをごまかすための苦肉の策だったそうだが、当時の日本には見られないものだった。セブンスやナインスなどのテンションコードを多用した魅力的なコード進行、60年代ポップスのいい部分を抽出した上品なアレンジなど、今聞いてもその楽曲の輝きは色あせることがない。特に「雨は手のひらにいっぱい」は、今に至るまで山下達郎のソングライティングの十指に入る名曲ではないだろうか。
 よく知られているように、本作はレコード会社の倒産という不運もあったにせよ、ほとんど一般的に認知されないままに埋もれてしまったアルバムである。1975年当時の日本にはこういうポップスを受け入れる土壌がなかったのだ。このアルバムが広く正当な評価を受けるようになったのは、僕の記憶では1994年にオリジナルマスターを用いたリイシュー盤が出てからではなかったかと思う(それまでは廃盤だったCD音源を入手することも難しかった)。そこからさらに10年が経ち、本作の評価は高まっていくばかりだ。1994年盤とは収録されているボーナストラックがやや異なっているので既に持っている人も買っておいて損はないと思う。
 山下達郎には、当時のシュガーベイブの不遇に対し「今に見ていろ」という想いが絶対にあったと思う。自身の音楽に対する絶対の確信とこだわりは、意地というよりむしろ執念と呼ぶに近いものがあり、その結果今の地位を築き上げた頑固さに僕はこの上ないロックっぽさを感じるのである。今回の30周年記念盤には各メンバーや伊藤銀次氏、大瀧詠一氏によるコメントが寄せられているのだけど、その中で山下達郎は30年間変わらないものは「ロックンロールへの忠誠心」であると語っている。シュガーベイブのアルバムを聞くと昔の自分から「おまえの中のロックンロールはまだ生きているか」と聞かれているような気になると。やはりそうなんだと思った。30年前の未完成でありながら手の加えようがない極上のポップスは、最高のロックンロールでもある。