無事なる男

敗北と死に至る道を淡々と書いています。

拘りとマニアックとわかりやすさと。

山下達郎 「PERFORMANCE 2017」
■2017/07/01@神戸国際会館こくさいホール
■2017/08/15@ニトリ文化ホール

 前回の『PERFORMANCE2015-2016』ツアー終了からほぼ1年、今年も達郎氏のツアーが行われている。御年64歳。こうして衰えないパフォーマンスを見られるのはファンとして幸せだし、本当にうれしい。「ポケット・ミュージック」のコーラスSEをバックにメンバーが登場。前回ツアーと変わらぬ布陣。ステージセットは鉄道のガード下の風景をテーマにしていて、シカゴの町っぽい雰囲気。今回のツアーはアルバムやリイシュー盤のリリースタイミングでもなければ、前回のようにデビュー40周年的な冠もないツアーなので、特に制限もなくやりたい曲を自由にやるという。前々回の『マニアックツアー』とも違い、わかりやすい選曲で行こうと思ったのだそうだ。前回は秋から冬にかけてのツアーで、ツアー中4度も風邪をひいてしまったとのこと。もう冬のツアーはこりごり、今回は春から夏にかけてのツアーなので気分も盛り上がる。ということで夏がテーマの曲を多く選んだということだ。ワクワクする。

 『RIDE ON TIME』や『FOR YOU』がヒットしていた時期は「夏だ!海だ!タツローだ!」とどこかの雑誌でコピーがつけられ、夏の代名詞のように扱われた。でもその数年後に「クリスマス・イヴ」がヒットするとガラッと変わってしまった、と彼は笑う。2008年にツアー活動を再開してからはライブが思うようにできなかった90年代を含め20~30年間ステージやっていなかった曲も取り上げるように意識してきたという。現メンバーになって練習した曲は約80曲あり、達郎氏の全楽曲のほぼ3分の1にあたるという。しかしどうしてもライヴで再現できない曲もある。例えば楽曲のキー設定として音程が非常に高いもの。1曲なら歌えても、3時間のライブをやるにはどうしても負担が大きいので無理なのだそうだ(「ヘロン」など)。じゃあキーを下げればいいだろうという意見もあるが、そんなことをしたら「あいつももう衰えた」などと言われるのでやらない、と冗談めかして言う。あとはいわゆる「ウォール・オブ・サウンド」系の、音数が非常に多いもの(「ヘロン」「踊ろよ、フィッシュ」「サウスバウンドNo.9」など)。音数はテープの助けを借りれば演奏できないこともないが、達郎氏の拘りで極力やりたくないという。テープ流しっぱなしだったり、ドラマーがずっとイヤモニでドンカマを聴いてるようなライヴはしたくないのだそうだ。「今はどこもかしこもテープ出し、プロンプターだらけ。下手すりゃ口パクですよ」と達郎氏は嘆く。達郎氏のライブでテープの助けを借りるのは一人アカペラのバックコーラス、「クリスマス・イブ」間奏部の多重コーラスの他はほとんどない。「我々のライブは正真正銘、メンバーがリアルタイムで出している音です」と自信を持って達郎氏は言う。今回のツアーは初心者でも大丈夫なわかりやすいセットだと言ったが、こうしたライブでのこだわりを聞くと十分にマニアックだと思う。

 最近は他のアーティストに提供した曲のセルフカバーもやるようになった達郎氏。元々職業作曲家に憧れがあった達郎氏は、曲提供のオファーがあるとやはりその人の音域や雰囲気に合わせて作曲をするそうだ。なので、セルフカバーをやろうとするとどうしても自分のキャラクターに合わないものが出てしまう。若い頃はそれが嫌でやらなかったが、64歳になればもうどうでもいい、むしろ面白いんじゃないかと思うようになったという。というわけで1988年に鈴木雅之に書いた「Guilty」を演奏。当時鈴木氏に書いた曲では「おやすみロージー」は幾度となく演奏しているけれど、これは初めて。なかなか貴重な演奏になったのではないでしょうか。ライブでの再現が難しい曲にも、全く編成を変えてしまうと成立するものがあるという。通常のツアーではなくファンクラブ向けのイベントなどで狭いライブハウスで演奏するときにはいつものメンバーではできないので、いわゆるアンプラグド的な編成になる。ベース伊藤広規氏、キーボード難波弘之氏と達郎氏のトリオ編成で「ターナーの汽罐車」を。この曲もどうしてもバンドだと上手く行かないのが、この編成の方がしっくりくるという。近年のツアーでは恒例のカバー曲も披露。前回のツアーではちょうどクリント・イーストウッド監督作の『ジャージー・ボーイズ』が公開していたこともあってフランキー・ヴァリの「君の瞳に恋してる」を演奏した。これがあまりにもウケて評判になってしまい、ツアー後半はちょっと癪に障ったのだそうだ。「Guilty」に続きちょっとキャラが違うところから、トム・ジョーンズ「よくあることさ」を。確かにトム・ジョーンズと達郎氏ではキャラが違うけど、非常にソウルフルで個人的には合っていたと思いますよ。

 達郎氏はそもそもあまりメディアに出ない人だし、ましてや音楽以外の話をすることはまずない。今は政情不安、国際問題など、ミュージシャンが直接的にモノをいうケースも増えている時代だ。達郎氏ももちろんそれを否定するつもりはないが、音楽家は音楽で現実を語ればいいのだと言う。言いたいことは音楽に込めるのだと。そう言い切って「THE WAR SONG」を演奏した。まさに、音楽家としての山下達郎の矜持がそこにあった。31年前に書かれたこの曲が今でも有効なメッセージとして響いていることに、改めて氏の音楽の普遍性を感じずにはいられない。

 一人アカペラコーナーもやはり「わかりやすさ」をテーマに有名どころから2曲を選曲。そして暗闇の中、『シーズンズ・グリーティングス』20周年盤にボーナストラックとして収録された「Joy to the Wold(もろびとこぞりて)」が流れる。そのまま「クリスマス・イヴ」へ。夏がテーマと言ってもこの曲は外せない。オーストラリアで真夏のビーチにサンタクロースが現れるようなものかもしれない。今回のツアーではこの数年多く演奏されてきた「希望という名の光」ではなく「蒼氓」がセットに入った。「希望という名の光」は元々映画の主題歌として書き下ろされた曲だが、東日本大震災を経て全く別の文脈で聞きつがれ広がっていき、新しい意味を与えられた曲だ。いわゆる「曲が作り手を離れて独り歩きした」という現象である。「蒼氓」はアルバム『僕の中の少年』に収録された、達郎氏が35歳の時に発表された曲だ。山下達郎というアーティストがなぜ、誰に向けて音楽を作るのか。自らが曲を書き、歌う意味とは何なのか。ひいては、自分の人生における最終的なゴールとは何なのか。不惑を前にそうした根本的な人生への問いに向き合った、非常に重要な曲だ。「希望という名の光」の間奏部分では様々な曲がメドレー的に挿入されるが、必ずと言っていいほど最後は「蒼氓」が歌われる。

「ちっぽけな街に生まれ 人ごみの中を生きる 数知れぬ人々の 魂に届く様に」
「憧れや名誉はいらない 華やかな夢もほしくない 生き続けることの意味 それだけを待ち望んでいたい」(「蒼氓」より)

希望という名の光」は震災で傷ついた人々の心にささやかでも光を灯す曲として多くの人に愛されることになった。それはまさに、「数知れぬ人々の魂」に届いたということに他ならない。達郎氏はMCで言う。「音楽は世の中を変えたりすることはできない。でも聞いた人に寄り添い、心を癒したり、気分転換になったりすることくらいはできる。自分にとってはそれで十分なのです。」今回、「蒼氓」の間奏部分でも様々な曲が歌われた。「ピープル・ゲット・レディ」「風に吹かれて」「私たちの望むものは」そして、最後に歌われたのが「希望という名の光」だった。エモーショナルな意味においては、ここが僕にとってこの日のライブのクライマックスだった。今まで達郎氏の音楽を聴いてきた「数知れぬ人々」の一人である自分にとっても、一本の筋がきちっと通った瞬間だった。

 ライブはここから終盤へ向けてギアを上げていく。「LET'S DANCE BABY」ではやはり間奏部に「Summertime Blues」「Let's Kiss the Sun」「踊ろよ、フィッシュ」昨年リリースの「Cheer up the summer」など、夏がテーマの曲をちりばめて夏気分を盛り上げる。そのまま「高気圧ガール」の流れは気持ちよい。本編ラストは「CIRCUS TOWN」。ここまで約2時間45分。当然、アンコール入れれば3時間超えは確実の様相。達郎氏は今回のツアーで目標にしていたことがあるという。それは「3時間切り」。しかしここまで、一度も達成できていないという。観客としては、ぜひこのまま達成しないでツアーを終えてもらいたい(間違いなくそうなるでしょうが)。

 キャラじゃない曲をたくさんやったので、アンコールでもとことんキャラじゃない曲を。「しかし、正真正銘私の書いた曲です」ということで近藤真彦の「ハイティーン・ブギ」を。Kinki Kidsへの提供曲のセルフカバーはあるけれど、この曲の達郎バージョンは初めて聞いた。世代にもよるだろうけど、山下達郎作曲と知らない人も少なくないかもしれない。確かにキャラではないけれど、観客の平均年齢的にもこれは盛り上がった。「RIDE ON TIME」ではおなじみの間奏でのR&Rタイムと、ラストの生声パフォーマンス。「LET'S DANCE BABY」での客席クラッカーもそうだが、自然発生的に起こったお約束や毎回恒例のパフォーマンスに対して、達郎氏は肯定的だ。落語好きで知られる達郎氏は同じ噺を何度やっても笑いのとれる噺家のように、毎度毎度同じことをやっても客を盛り上げられてこそ、と思っているフシがある。客が飽きるかこっちが飽きるか勝負だくらいに思っているのかもしれない。アーティストによってはあえてヒット曲や代表曲をやらないということも普通にある中で、かたくなに「LET'S DANCE BABY」を37年間セットから外さないところにも、達郎氏のライブへの拘りが見て取れる。

 今回のツアーパンフには達郎氏のライブとレコードの違い、音の再現性等について、デビュー時から現在までたっぷりと語ったインタビュー記事が載っている。毎度のことではあるがかなり読み応えがあって面白い。MCでも語っているが、ライブでやれる曲やれない曲というのはどうしても出てくる。それでも毎度ツアーの時には数ある曲のうち何を削るかの作業になるという。毎度のように演奏される定番曲はあってもツアーごとにセットは異なるし、その曲を選んだ理由も彼の中にはしっかりと存在する。もちろん、ステージでやるとなればきっちりと演奏できるメンバーへの信頼もあってこそだ。現在のバンドメンバー、達郎氏を入れた6リズムセクション山下達郎、小笠原巧海、伊藤広規佐橋佳幸難波弘之、柴田俊文)は達郎氏のキャリアの中でも自信を持ってベストメンバーであると言い切る。古参のファンには異論もあるかもしれないが、達郎氏はそういう意見は気にしていないだろう。青山純氏が亡くなった時、自身のラジオでも達郎氏は言っていた。

現在ではですね、押しも押されぬトップドラマーであります青山純という人ですら、彼を私が起用した当初はですね、スタッフや聴衆から、なぜそんな無名のミュージシャンを使うのかと反対されたり・・・攻撃されたりもしました。
(中略)
芸事というのは、観る側にとっては自分の歴史の投影、自分史ですね、自分史の投影、自分史の対象化、そうした結果であります。歌舞伎とか伝統芸能、落語なんかの世界ですとですね、必ず先代は良かった、と。お前の芸なんて、先代に比べれば・・・という
そういう昔はよかったというですね・・・まさに自分史の反映としての芸事の評価というのが、昔からございます。ですが、古い世代というのは新しい世代に対する寛容さというのを常に持っていなければならないと、僕は常に考えております。

http://yamashitatatsuro.blog78.fc2.com/blog-date-201401.html

 山下達郎の音楽は普遍的だとよく言われる。しかしそれを実現するには同じことをしていては不可能だ。時代の変化、レコーディング技術の変化に伴い常に試行錯誤し、自分の望む音を追い求める。バンドメンバーにしてもしかり。拘るべき部分と柔軟に変化を受け入れる部分をしっかり見極めているからこそ、長年に渡って聴く者を魅了し続けるのだと思う。わかりやすさを目指したという今回のツアーで、むしろ山下達郎というアーティストのマニアックなまでの拘りが浮かび上がってきた気がした。

■SET LIST
1.SPARKLE
2.いつか
3.DONUT SONG
4.僕らの夏の夢
5.風の回廊
6.Guilty
7.FUTARI
8.潮騒
9.ターナーの汽罐車
10.It's Not Unusual
11.THE WAR SONG
12.So Much In Love
13.Stand By Me
14.Joy To The World~クリスマス・イヴ
15.蒼氓
16.ゲット・バック・イン・ラヴ
17.メリーゴーラウンド
18.LET'S DANCE BABY
19.高気圧ガール
20.CIRCUS TOWN
<アンコール>
21.ハイティーン・ブギ
22.RIDE ON TIME
23.DOWN TOWN
24.YOUR EYES