無事なる男

敗北と死に至る道を淡々と書いています。

殿下の底力。

Rainbow Children

Rainbow Children

 突然届けられたプリンスの新作。と言っても、彼は別に音楽活動を止めていたわけではなく、メジャーでの活動をしていなかっただけで、ネット配信を中心に新曲発表はやっていたし、ライブも行っていた。表には出ていなかったと言うだけだろう。1996年発表の3枚組大作『イマンシペイション』発表後、結婚、そして息子の死、離婚、父親の死と波乱の私生活を送ったプリンスだが、(メジャーからの)前作『レイブ・アン2・ザ・ジョイ・ファンタスティック』以降は何か吹っ切れたような印象を受ける。彼が新たな信仰に入信しているのは周知の事実であるが、それが様々な迷いを断ち切り、創作活動に前向きになるきっかけを与えたとも考えられる。名前をプリンス名義に戻したのも決して無関係ではないだろう。
 サウンドは、バンド形式のジャズ・ファンクとでも言うもので、特に新しいサウンドがあるわけではない。というか、現在のプリンスにシーンの最前線に立って新たな方法論なりサウンドなりを提示することを期待しても無理と言うものだろう。アーティストとしての彼は10年前にその役目を放棄してしまっている。しかし本作の持つ緻密な構成力、芳醇なサウンド、演奏の確かさはさすがプリンスと唸らされる。音自体が持つ迷いのない光のようなものも、ストレートに聞き手に迫ってくる。恐らく今の彼は何年かぶりに、全く制約のない、まっさらにフラットな状態で創作活動に臨むことができているのだろう。そう思わせる生身の音楽だ。歌詞の方は彼の現在の信仰と、宗教観、哲学などが複雑に入り組んだかなり難解で言葉の多いもの。本作は、プリンス流聖書物語とでも言うべき壮大なコンセプトアルバムと言える。
 ある意味でセールスなどを度外視し、本能の赴くままに作ったとも言えると思うが、バラエティに富んだメロディーや曲展開などかなりキャッチーでポップなアルバムだとも思う。統一感、自由度、構成力など、全くもって素晴らしいアルバム。正直、21世紀になって彼の次のアルバムが楽しみだと思う日が来るとは思っていなかった。プリンスの底力を思い知らされた気がする。
 本作自体は昨年秋に既に輸入盤で入手可能となっていたが、今回発売された日本盤には泉山真奈美氏によるほぼ完璧な和訳がついている。本作の理解を深め、現在のプリンスのモードを知る上で歌詞の内容は非常に重要であるので、これは嬉しい。買うなら日本盤がおすすめ。