無事なる男

敗北と死に至る道を淡々と書いています。

エミネムのショウは続くか。

The Eminem Show

The Eminem Show

 99年にデビューして、00年には2作目、01年にはD12のアルバム、そして今年02年にはこの3作目。自伝的映画『8MILES』の製作も行い、当然サントラもやっている、という、呆気に取られるほどの多作ぶりだ。作品のリリースのみならず、その間に諸々の裁判や離婚、逮捕、保護観察、などなどのスキャンダルにまみれ、その一挙手一投足が衆目を集めているのだから、想像もつかないくらい凄まじい密度とストレスの中で彼は生きているのだろう。
 新作はそんなジェットコースター的な人生をまんま放り出したようなアルバムになっている。タイトルこそ「エミネム・ショウ」と、この冗談のような人生をショウとして、エンターテインメントとして演じ切ってやるぜというユーモアに見えるが、真っ赤なカーテンの前でぽつんとふさぎこむエミネムの姿が映されたジャケットも含めて、ここでの彼は明らかに疲れている。そしてあまりにも無防備だ。「スリム・シェイディ」という別の人格を演じるでもなく、今作ではもうエミネムとマーシャル・マザーズの境界線が限りなく曖昧になってしまっている。このアルバムでのエミネムは前作以上にマーシャル・マザーズそのものだ。「叔父の代わりにお前が死ねばよかった」と少年時代母親に言われたトラウマを歌った「Cleanin Out My Closet」、銃による暴行、脅迫で逮捕された時の状況をあからさまに再現した「The Kiss」など、彼の人生を取り巻く狂騒がまんま描かれている。もちろん、相変わらずイン・シンクやモービーなど、周囲を攻撃する悪役としてのエミネムも健在ではあるが、今回のスポットがそこに当たっているのでないことは確実だ。そしてこのアルバムにおいてそうした自分の人生を総括するように吐き出した要因は何かというと、やはり愛娘ヘイリーの存在だろう。リリックの中にその名は何度も登場するし、「My Dad's Gone Crazy」では競演までしている。彼女のために俺は良き父親にならなければならない、とも何度も語られる。そして自分の父親のようにはなりたくない、でもなってしまうかもしれない自分が恐い、と、弱音を吐いたりもしている。一言で言うと、このアルバムは守るべきものを手に入れたエミネムの迷いが作らせたアルバムだと思う。今までエミネムエミネムたらしめていたものが、自分の愛するものを自分から遠ざけてしまうかもしれない。その葛藤が溢れたアルバムだと思う。この先彼はどこに向かっていくのだろうか。
 蛇足のようになってしまうけど、そのスキルはやはり圧倒的だし、ラップミュージックとしての娯楽性と完成度はとんでもなく高いレベルで当たり前のようにクリアしてしまっている。それがあるからこそやっぱりすごい。