無事なる男

敗北と死に至る道を淡々と書いています。

韓国と日本、歴史の1ページ。

KT 特別版 [DVD]

KT 特別版 [DVD]

 1973年8月8日、東京のホテルから金大中・元韓国大統領候補が突然姿を消した。その5日後、ソウル市内の自宅前で目隠し、傷だらけの姿で彼は発見された。この歴史的事件を描いた中薗英助氏の『拉致』を原作とし、阪本順治監督が描く意欲作。
 実際にあった事件、それも、高度に政治的な陰謀色の強い事件だけに、映画化にはかなりの困難があったみたいだ。韓国側のキャストには日本がこの映画を作るということに強い抵抗を覚える人も少なくなかったらしい。それはそうだろうと思う。向こうにしてみれば軍政時代の忘れたい記憶の一つだろうから。しかし、そうした困難を乗り越えた本作は、日本映画ではあまり見ることのできない腰の据わった骨太の映画になっていると思う。本作は、拉致事件KCIA(韓国中央情報部)が企てたもので、自衛隊もそれに協力していた、という仮説に基づいている。佐藤浩一演じる主人公は拉致事件に関与する自衛隊員。KCIA側の実行隊リーダーをキム・ガプスが演じている。
 映画は、事件の背景にあった韓国の政治状況、拉致計画、自衛隊の裏工作、という軸に、主人公のロマンスや友情物語を交え、クライマックスの拉致実行に向けてどんどん緊張感が高まっていく。ここにあるのはなにがしかのイデオロギーではなく、こういう事件があったことを記憶の彼方に置き去りにしてはいけない、という作り手の意思だ。家族で楽しく見るような映画ではないけれども、こういうものでも十分娯楽作として通用する、という成果にはなっていると思う。ただ、主人公と韓国人女性とのロマンスは蛇足っぽい。二人の心の動きが見えないので感情移入できなくて消化不良。
 この映画はもちろんフィクションなので、実際の拉致事件の真相は闇のままだ。しかし、この映画が描くように、日本と韓国だけではなく、アメリカの陰がそこにあったことはおそらく間違いないだろう。30年前の事件ではあるけれど、今の世界も結局同じなのだ、という無力感のようなものを覚えてしまったりも。日本と韓国、終わらない戦後、…いろいろ考えさせられる映画だった。日韓共催のW杯の年にこの映画が公開されるというのも、決して少なくない意義があるような気がする。