無事なる男

敗北と死に至る道を淡々と書いています。

Englishman in NY。

Think Tank

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 「アメリカ人にはわかるまい」―これは、ブラーのセカンドアルバム『モダン・ライフ・イズ・ラビッシュ』の宣伝コピーだったものだ。日本のレコード会社が勝手につけたものだろうけど、当時のブラーの立ち位置をよく表している気がする。イギリスと日本で圧倒的な人気を誇るも、アメリカという壁の前に無残に敗れ去ったブラー。そうこうしているうちにブリットポップ時代の宿敵オアシスが見事にアメリカを攻略してしまったので、それを踏まえて最初の文を見るとなんとなく負け惜しみに見えてしまったりもする。別に僕はアメリカで売れようが売れまいがブラーの音楽は好きだったのだけど、きっとデーモン・アルバーンの中でもアメリカというのはひとつのトラウマとして残っていたに違いないと思う。それが、ブラーとしての活動休止中に手がけたゴリラズがあっさりとアメリカで成功したことで、デーモンの中のアメリカコンプレックスのようなものが緩和されたのじゃなかろうか。イギリスでのシングルである「アウト・オブ・タイム」とアメリカでのシングルである「クレイジー・ビート」が続く曲配置、そしてその2曲の振れ幅の大きさは思わず笑ってしまうほどだ。本作の前にアナログ限定で発表されたシングル"Don't Bomb When You're The Bomb"にしても、本作収録曲のいくつかにしても、アメリカという国を取り巻く現在の世界に対する彼らのスタンスが如実に現れている。アメリカという国に対して絶妙に距離感を保っているこのアルバムが、今までのブラー以上に世界中で聞かれれば良いのにと思う。
 その他、デーモンのソロプロジェクトでの成果が本作では見事にブラーの新機軸として実を結んでいるが、イギリスだのアメリカだのということは別として、ブラーとしか言いようのない音楽の全体性をここに来て獲得したことの意味は大きいと思う。どの曲も一筋縄でいかないリズム処理がなされているけれども、メロディーが圧倒的にポップなのも嬉しい。本当にいいアルバムだと思うし、個人的にここまで彼らのアルバム全体を繰り返し聞いたのってそれこそ『パーク・ライフ』以来だと思う。
 グレアム・コクソン脱退という、ファンには衝撃のニュースがあったけれども、少なくとも現在のブラーにとってそれは根本的な問題ではない。それを残念に思う人もいるかもしれないけど、結果、このアルバムができたのだとすればそれはバンドにとっては正しい選択だったということなのだろう。しかし、グレアムが参加したラストナンバー「バッテリー・イン・ユア・レッグ」を聞くと確かにしんみりとしてしまう。大人になる、という表現はあまり使いたくないけれど、一緒に年をとるということは、誰とでもできることではないからね。