無事なる男

敗北と死に至る道を淡々と書いています。

ニューヨーク・シティ・セレナーデ。

To the 5 Boroughs (Dig)

To the 5 Boroughs (Dig)

 98年『ハロー・ナスティ』以来、6年ぶりの新作。全然関係ないけど、前作が出たときから僕は計5回引越しをしている。だからなんだというわけでもないが、それくらい久しぶりの新作だということ。
 前作もそうだったけれど、本作においてもバンド形式のパンク・ナンバーは皆無であり、全てヒップ・ホップナンバーで統一されている。しかも、まさにオールドスクールという感じの、80年代NYの街角で鳴らされていたサウンドの感触が伺える。ヒップホップという音楽、そしてそれに乗るラップという表現スタイルは作り手の必然によって発生し、進化してきた。メロディーを歌うのではなく喋らなくてはならなかったのはそれだけ言葉を尽くして言いたいことがあるからだったのだ。「ヒップホップは黒人のCNNだ」と言ったのはチャックDだが、まさに、自分たちの置かれた状況とそれに対する怒りを表すためにはラップでなければならなかったのだ。たいして、白人少年であったビースティーズがヒップホップを鳴らす理由は、上記のように黒人の切羽詰ったものよりも、サウンドに魅力を感じたものであったような気がする。悪ガキ3人がつるんでくだらないことを喋っている、その会話を真空パッケージするようなものだったのではないかと思う。このアルバムは決して原点回帰という単純なものではないが、そのスタートであったヒップホップへの愛情、そして相も変らぬくだらないお喋りがデビュー20年たった今もそのまま真空パッケージされていることに驚き、嬉しくなる。
 そして、もう一つ重要なのはアルバムタイトルも含めて、NYという自らを産んだ街に本作が捧げられていることだ。音楽だけでなく、サブカルチャーまで網羅し、あらゆる面で時代をリードしていたビースティーズが、自分の音楽に真摯に向き合った時にそこにあったのはヒップホップとNYへの純粋な愛情だったのだ。いまだ出口の見えない泥沼の世界情勢と、そのきっかけとなった忌まわしき9.11の記憶。「オープン・レター・トゥ・NYC」を聞きながらジャケットのイラストを見ていると、胸が締めつけられるような切なさを感じる。グラウンド・ゼロには、崩壊したWTCセンターに代わり、世界最高の高層ビルが建設される予定だという。このアルバムからは、そうして9.11を過去のものにするのではなく、しっかりと共に歩んでいくのだという決意が見えてくる。本作におけるオールドスクール回帰は、その決意を表出させるためにどうしても必要なツールだったのだと思う。