無事なる男

敗北と死に至る道を淡々と書いています。

ケミカルの正しさとは。

Push the Button

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 いつにも増してヴォーカルトラックが多い。ということはつまり内容がポップであるということになるのだけど、聞き手に媚びているような印象がまるでない。元トライブ・コールド・クエストのQ-Tipがヴォーカルの1曲目"Galvanize"からティム・バージェスによる2曲目、ブロック・パーティのケリ・オケレケをフィーチャーした3曲目、そしてアナ・リン・ウィリアムスによる4曲目と、初っ端からヴォーカルトラックが連発する。しかしコンピレーションのような趣ではなく、ケミカルのサウンドが中心にドンとあるので散漫にならずに落ち着いて聞ける。
 前にプロディジーの『Always Outnumbered Never Outgunned』の感想にも書いたけど、彼らが飛ぶ鳥落とす勢いだった90年代後半とは今は状況が違う。しかし、その中でダンス・ミュージックとしてのプライドを守るために下手に純粋主義に走ったりせず、あくまでも自分たちの生理に正直に反応するアプローチは爽快ですらある。アンワー・スーパースターがラップする"LEFT RIGHT"は驚くくらいストレートにブッシュを批判する内容だけど、こういう曲がすんなりと入っているのも彼らならではじゃないだろうか。その後でアルバム中最もきらびやかでチャーミングな"CLOSE YOUR EYES"が来るところもにくい。
 ケミカル・ブラザースのアルバムを聞き始めると、そのまま最後まで聞き通したくなってしまう。素直に気持ちよく聞ける仕掛けがちりばめられている。その手際は枚数を重ねるごとに巧みになってきている気がする。