無事なる男

敗北と死に至る道を淡々と書いています。

かつてプリンスとして知られたアーティスト。

20Ten

20Ten

 このプリンスの新作は、イギリスやヨーロッパでは雑誌の付録として発表されている。輸入盤店などでは入手できるが、紙のスリーブにCDが裸で一枚入っているだけの超簡易包装。歌詞カードやブックレットも無し。最近殿下は「インターネットの時代はすでに終わった」という意味の発言をしているらしく、このアルバムもネットでのダウンロード販売は行われていない。そのせいなのか、近作以上に音がアナログっぽい、80年代全盛期のプリンスを思わせるアルバムになっている。
 1曲目「Compassion」は一聴してまず「デリリアス」っぽいと思った。つまりは『1999』〜「ザ・レヴォリューション」時代のプリンスを強烈に思い起こさせる音なのである。「Sticky Like Glue」の粘りつくようなファンクは官能的で、このあたりの曲にはちょっと新しい匂いを感じるが、基本的にはどの曲も80年代中盤のプリンスの「あの曲に似てる」と思ってしまうようなアレンジなのだ。「Future Soul Song」のアウトロのギターソロなどは「パープル・レイン」を思い出してしびれてしまう。
 1994年ごろ、ワーナーとの契約がこじれてプリンスが引退をほのめかしたことがある。プリンスという名前を捨て、記号にしてしまったあの時期だ。その頃の発言に、「自分には未発表曲のストックが何百曲とある。それを少しずつアルバムで出していけばもう死ぬまで新しい音源は作らなくて済む」という趣旨のものがあった。このアルバムを聞くと、もしかしてそのストックから引っ張り出してきたんじゃないだろうかと思ってしまう。歌詞についてはやはり2000年代以降のプリンスに準じたものであるので、実際はそんなことはないのだろうが、そう思ってしまうくらい80年代のプリンス色が濃いのだ。
 しかし、一時期は自身のウェブサイトでのみ新曲をリリース、とかしていたこともあるのに随分と極端なお人である。今更ながら。そんなところも魅力なのであります。このアルバム、単純に聞いた回数だけなら間違いなく今年一番。