無事なる男

敗北と死に至る道を淡々と書いています。

3月に見た映画の感想など

■スキャンダル

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FOXニュースの創立者で元CEOのロジャー・エイルズによる女性キャスターや職員に対するセクシャル・ハラスメントを告発した実話に基づく作品。主演のシャーリーズ・セロンが製作も兼ねています。

ハーヴェイ・ワインスタインによる性的暴行告発とそれに続く「MeToo」運動に触発されて作られた映画なのかと思いきや、本作の企画自体はそれよりも前からスタートしていたらしいですね。

「世の女性に対する不条理な扱いや差別などに反抗した勇気ある女性の物語」とか、「世の女性を勇気づけるエンパワーメントムービー」的な先入観でこの作品を見ると肩透かしを食らうと思います。もちろん、史実としてこの告発がどういう結果を生んだのかは広く知られているし、映画としてもそれなりのカタルシスを得られる部分はあります。しかしそれ以上に見た後に残るのは簡単に白黒つけられないモヤモヤとした現実だったりするのです。

レッチェン・カールソン(ニコール・キッドマン)が告発に踏み切るのは正義感よりもクビを切られた腹いせと復讐のためだったりするし、メーガン・ケリー(シャーリーズ・セロン)もセクハラを受けた過去に悩みつつも今のキャリアを失うことや今後の雇用を考えてなかなか態度を表明できなかったりする。

FOXニュースという保守的なメディアで働くということがアメリカにおいて非常に特殊な環境であることも示唆されています。この辺は日本人だと感覚的につかみにくい気がしますが。

単純にセクハラ親父を懲らしめて会社から追い出したぜという話ではなく、男性社会で女性が働くことの難しさを描いたという意味でたまたま同時期に見た『ハスラーズ』と対を成すような作品だと思いました。

■1917 命をかけた伝令

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第1次世界大戦の激戦区であった西部戦線で、ドイツ軍の撤退に乗じて一気に攻め込もうとする連隊に対し「撤退は罠だから攻撃を中止せよ」との命令を託された2人の兵士の運命を描いています。

撮影監督であるロジャー・ディーキンスサム・メンデス監督が全編ほぼワンカットで描くということで話題になりました。確かにロジャー・ディーキンスの撮影は本当に素晴らしく、画面の構図、美しさにしてもカメラの移動にしても全てが計算され尽くしていて見ているだけでほれぼれしてしまう。アカデミー受賞は文句なしの納得です。

最初に塹壕を出て所謂ノーマンズ・ランドに出ていくときの緊張感や、ブレイクが敵の兵士に刺されてみるみる顔色が悪くなっていくところとか、夜の教会が燃えているシーンとか、そこからの「人がいるぞ…味方かな?いや、敵…?敵だー!!!」のところとか、印象的なシーンが本当に多々あります。

ラスト、砲弾飛び交う中での突撃隊を横切って走るシーンでは一人の兵士がぶつかって主人公がコケますが、あれはアクシデントらしいですね。そうならないように普通の映画の何倍も細かくリハーサルを繰り返したようですが、そういうことも起きる。そこが逆にリアルで非常に印象に残ります。

主人公二人の役者がそこまで知名度のあるスターではないこともあり、本作の主人公はロジャー・ディーキンスなのではないかという気がします。ワンカットで(見えるように)撮影することを優先するあまり、物語としての訴求があまりないのはいたしかたないのかもしれません。『マッドマックス怒りのデスロード』が「行って、帰って来る」話だとしたら本作は「行くだけ」の話ですからね。非常にシンプル。じゃあその中で第1次世界大戦、西部戦線という戦いの悲惨さや残酷さをきちんと描いていたの科と言われると、そこも微妙です。どこかおとぎ話的というか寓話チックなんですね。それだけ撮影が美しすぎるということでもあります。

■ミッドサマー

www.phantom-film.com

『ヘレディタリー』のアリ・アスター監督による待望の新作。
不幸な事故で家族を失ってしまったダニーは、彼氏であるクリスチャンやその友人たちとスウェーデンのある村に行き、90年に1度の夏至祭を体験しますが、その中で次々と不思議な事件が起こっていきます。

一言で言うと、非常に奇妙な映画でした(褒めてます)。一度見ただけではどう捉えていいのか正直戸惑っているのも事実です。

『ヘレディタリー』で真に逃れられない恐怖というものを感じた人間からすると、本作はそこまで恐怖を感じるものではありませんでした。
むしろダニーにとっては居場所が見つかり、真に解放されたという意味でハッピーエンドなのではないか?という気もします。男子学生たちにとってはホラー体験なのでしょうが、ある種自業自得という面もありますし。(それにしても殺されるほどではないと思いますが)

異教の文化に受け入れられたダニーが最後に切り捨てるのが「クリスチャン」というのは非常に象徴的だと思いますし、アリ・アスター監督は細かいメタファーやた作品からの引用などを緻密に盛り込んでいく監督だと思うので、何度も見返して謎解きの様にパズルを解いていきたくなる作品でした。

あと、ダニーはどんどん受け入れられていくのにクリスチャンは隣のオッサンに意地悪されたりして精神的にも居場所がなくなっていきますね。「うわー、こういう感じイヤだなー」という同情ともちょっと違う、記憶の中にあるすごいイヤな感情を呼び起こされるような描写が多々あったり。登場人物だけでなく見る側もとことん追い詰めていく、アリ・アスター監督の手腕が実に見事だと思います(褒めてます)。

途中、ホルガの文化や風習に主人公たちが戸惑う描写が多々ありますが、その風習がシュールであればあるほど「こういうの、昔ごっつええ感じのコントで見た気がする」と思ってしまい、何度も吹き出しそうになってしまったことを追記しておきます。

■彼らは生きていた

kareraha.com

ロード・オブ・ザ・リング』シリーズなどで知られるピーター・ジャクソン監督が第1次世界大戦の記録映像をドキュメンタリーとして編集した作品。元の映像には音声がないため、当時従軍していた兵士たちの後の音声記録をナレーションとして使用しています。

撮影のスピードが違うフィルムを繋ぐための補完処理やデジタル彩色などの技術についてはパンフレットにも詳しく解説されてました。とにかく時間と手間をかけて、渾身の記録映画として作り上げています。色鮮やかに蘇えった100年以上前の映像は生々しく兵士たちの息づかいや「そこにいる感」をビビッドに伝えてくる。楽しげに笑い食事をする姿や敵の捕虜が一緒になって様々な作業をするシーンなど、
彼らがいるのが悲惨な戦場であることを一瞬忘れそうになることもありました。

しかし同時に映像が鮮明で美しいからこその残酷さもあります。スクリーンに映し出される夥しい数の死体。ドス黒く変色した肌、まだ鮮やかに赤い血の色など、映像がデジタルで蘇ったからこそ伝わる悲惨さ、恐ろしさはどんなドラマよりも胸に迫るものがありました。

構成的にあまり起伏がないのですが、映像のすごさだけで90分目が離せません。ことさらにそれを強調しているわけではないのに、監督の絶対的な反戦のメッセージが伝わってきます。ぜひ『1917』とセットで見ることをおすすめします。

■ジュディ 虹の彼方に

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1969年に47歳の若さでこの世を去った女優で歌手のジュディ・ガーランド。彼女が亡くなる半年前に行ったロンドン公演を中心に、晩年の姿を描く伝記映画です。

当時のジュディ・ガーランドの状況をかなり正確に描いているらしいのですが、正直見ていて辛いものがあります。
子供たちと一緒に暮らしたいという想いとは裏腹に、安定した収入はなくホテルも追い出され別れた旦那のところに転がり込むしかない。高額なギャラに期待してロンドン公演に赴きますが、そこでも酒と睡眠薬に溺れていきます。こんなんじゃまともにステージなんてできないだろうと思った瞬間、ステージに放り出されたジュディ・ガーランドは実に堂々とした歌声で観客を魅了するのです。本作中の歌はすべてレニー・ゼルウィガー自身が歌っているそうですが、ステージシーンはどれも見事です。素晴らしい。

ジュディと彼女のファンであるゲイのカップルとの交流もいいアクセントになっています。LGBTのシンボルであるレインボー・カラーはジュディ・ガーランド(の歌った「Over the Rainbow」)に由来するということはもっと知られていい事実だと思います。

そして子役の頃から全く自由を与えられず、睡眠薬覚醒剤を与えられていたことも本作では描かれています。壮絶な人生と言ってしまうことは簡単ですが、華々しいエンターテインメントの影の部分を感じずにはいられません。

喋り方や歩き方、立ち姿まで完璧に再現したレニー・ゼルウィガーの演技は素晴らしいです。今回のアカデミー主演女優賞受賞にはもちろん何の疑問もありません。ただ、もしかしてその中には1954年『スタア誕生』でジュディ・ガーランドに主演女優賞を与えなかったことに対するアカデミーの贖罪の意味もあったりするのかな、と思いました。

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新型コロナの影響でいろいろライブやイベントや公演が中止になっています。映画館も営業短縮や自粛を余儀なくされるところもあります。が、いわゆる3密の定義から言えば映画館はそこまで危険ではないという意見もあります。営業してる限り、僕は普通に映画館に足を運ぶつもりでいます。