無事なる男

敗北と死に至る道を淡々と書いています。

裸のビートルズに意義はあるか。

Let It Be... Naked [Bonus Disc]

Let It Be... Naked [Bonus Disc]

 このアルバムはフィル・スペクターが手がけた『レット・イット・ビー』から、ストリングスやコーラスといったオーバーダビングを排除したと言うだけのものではない。当時のマスターテープやレコーディングテープを現在の技術でリミックスした、全くの「新作」だ。数年前に出た『イエロー・サブマリン』の続編とでも言うべきアルバムだろう。幻の『ゲット・バック』は実はこうだった、というものでももちろん、ない。でも、このアルバムは素晴らしい。僕もオリジナルの『レット・イット・ビー』を駄作だと思っていた人間だけど、それぞれのマテリアルを見ればこれだけのものがそろっていたという事実に改めて驚かされた。しかし「レット・イット・ビー」と「ゲット・バック」と「アクロス・ザ・ユニヴァース」が入っていたアルバムが駄作と呼ばれてしまうのはビートルズくらいなものだと思うが。よく考えたらトンデモない話だよな。
 フィル・スペクターの『レット・イット・ビー』は余計な装飾ももちろんだが、全体に音の感触がぼやけていてすりガラスを通してものを見ているようなむずがゆさがある。しかし、この『ネイキッド』は一つ一つの楽器の音が非常にクリアだ。ボーカルのレベルも大きくなっていてバンドのアンサンブル、ライヴ感が段違いにビビッドに伝わる。1969年1月に行われたいわゆる「ゲット・バック・セッション」はポールが文字通りもう一度ビートルズの原点に立ち返ろうというコンセプトでスタートさせたものだったが、結局はビートルズの終焉を確認するだけの無残なものに終わった。のだが、その中でこれだけのスタジオ・ライヴ・セッションが行われていたのは驚嘆に値する。ビートルズが最後の瞬間まで一流の「ライヴ・バンド」だったことの証明である。特に「ディグ・ア・ポニー」、「アイヴ・ガッタ・フィーリング」、「ワン・アフター909」などのロックンロールナンバーが俄然生き返っているのが嬉しい。オリジナル盤では曲間にメンバー同士の会話を入れたりしてライヴの雰囲気を出そうとしていたが、音質の悪さもあってリハーサルテープを延々聞かされているような感じもした。今作くらいのサウンドで蘇ればそんな演出もいらないと言うものだ。4人の楽器とビリー・プレストンのエレピ、それだけの演奏で十分だったのだ。「アクロス・ザ・ユニヴァース」も、いろんなミックス盤を聞いたけどここまでジョージのシタールがはっきりと聞えてきたのは初めてだし、それがアレンジとして大きな役割を果たしていることもよくわかる。
 もちろん、こういうことが言えるのは2003年の今だからであって、当時は技術的に無理だったし、あのセッションをアルバムにまとめるのはああするしかなかったのかもしれない。しかしこうして、1969年のビートルズを改めて再検証して見るとこのスタジオライヴセッションの無造作にも思える演奏は、現在のガレージブームにも通ずるものではないだろうか。と、僕は勝手にロックンロールの歴史の不思議な円環を感じずにはいられないのだ。単純に、今の若い人がこのアルバムで初めてビートルズを聞いたらとてつもなくカッコいいバンドだと思うだろう。そういうことだ。それだけでもこのアルバムが世に出た意義はあるのじゃないかと思う。しかし、個人的にはこのリミックス・プロジェクトはこれで終わりにしてほしいと思う部分もある。やるとすれば初期のモノラル音源を完全ステレオミックスにするくらいかな?あとはもうそのままにしておいてほしい。いろいろいじくられた『リボルバー』や『サージェント・ペパーズ』を僕は聞きたくはない。