無事なる男

敗北と死に至る道を淡々と書いています。

2017年・私的ベスト10~映画編(2)~

■5位:ゲット・アウト

getout.jp

 この映画は人種差別をテーマにしたホラー映画として紹介、宣伝されています。確かに前半は何が起こっているのかわからない奇妙な違和感や緊張感が支配しています。しかし、物語が大きく動き出す後半は全く別の映画になる。ほとんどコメディと言っていい荒唐無稽さとストーリーの飛躍。この、あれよあれよとジェットコースターのように思いもよらぬ方向に連れていかれる感は昨年末にヒットした拾い物の傑作『ドント・ブリーズ』や同じく昨年の傑作ノワール『マジカル・ガール』にも通じるものがある気がします。(ちなみに『ゲット・アウト』は『ドント・ブリーズ』のさらに半分の予算しかありません)
 監督のジョーダン・ピールはこれが初監督作品で、元々はきわどい人種差別ネタを得意とするコメディアンだそう。「ホラーとコメディは共通する」という監督のコメントもあるように、これまでの彼のキャリアを総括するような作品になっているのでしょう。低予算ながら発想と工夫でこれだけ面白いものを作れる、という気概も感じます。
 前半のパーティーのシーンで、クリスに対する白人たちの話があまりにも典型的すぎる(オバマタイガー・ウッズの話題ばかり出るなど)のは、そのつもりがなくとも無意識の所で実は差別的な言動をされているような、黒人ならではの「あるある」に満ちているのだと思います。こういう違和感や居心地の悪さを上手く描けるのは、そういうものを笑いに転換するコメディアンである監督の得意とするところなのかもしれません。


■4位:マンチェスター・バイ・ザ・シー

 非常に物静かで、穏やかな風景が美しい映画。しかしその裏には一人一人の登場人物たちの葛藤や思いが激しく動いています。リー・チャンドラーという主人公の男がなぜ誰にも心を開かないのか。なぜ、マンチェスター・バイ・ザ・シーを去らなくてはいけなかったのか。それは物語の核心を突くネタバレになるので伏せますが、その出来事が彼にとって重くのしかかる呪縛になっています。普通の映画であれば、兄の息子パトリックとの交流を経て過去を乗り越え、新たな家族の物語が始まる…という感動物語になるところが、この映画はそうではありません。乗り越えられない過去もあるのだ、ということをこれでもかと見せつけるのです。リーは自分が犯した罪を決して赦すことはできません。しかし彼は法では裁かれず、自ら死ぬことも許されなかった。複数の人間の人生を狂わせたほどの過去がそう簡単に清算されるわけはないのです。何ともいたたまれない。
 回想シーンを除いて、この映画での登場人物たちの会話は全編とことんぎこちない。全員が、お互いの距離を計りかねているように見えます。リーをはじめ、パトリックもリーの元妻のランディも、ハリネズミのように自分の心をガードしています。なので逆に劇中でポイントとなるのは誰かが誰かに激しく感情をぶつけたり、突発的な行動に出る場面だと思います。その中で、彼らは少しずつ、本当に少しずつではあるけれど近づくことができる。そういう、微妙な心理を実に見事に描いた映画だと思います。
 ケイシー・アフレックもミシェル・ウィリアムスもそれぞれの人生、キャリアでつらい過去や失敗を経験してきた人です。僕はマット・デイモンではなくケイシー・アフレックがリーを演じてよかったと思います。個人的には主人公に感情移入してしまって、後半はボロ泣きでした。人は一人では生きられないし、前へ進むこともできないのです。40代も半ばになると、本当に良くわかりますよ。


■3位:メッセージ

 ある日、地球各地に大きな宇宙船のような物体が出現する。言語学者のルイーズ・バンクス(エイミー・アダムス)は宇宙船から発せられる音や波動から彼らの言語を解明し、何らかの手段でこちらのメッセージを彼らに伝えるよう、国家から協力を要請される。宇宙人にはタコの足に似たものがあったため、彼らをヘプタポッドと呼ぶようにした。彼らはその先端から図形を吐き出す。ルイーズたちは刻々と変化する図形の規則性を見出し、コミュニケーションを取ろうと試みる。
 物語はヘプタポッドとの対話を試みるルイーズたちの奮闘と、彼らを脅威と見なして攻撃しようとする各国首脳たちの動向を時限的にスリリングに描く。しかし本作の肝はそこではなく、なぜヘプタポッドが地球に来たのか、彼らの言語(文字)を解読する中でルイーズにどんな変化が生じたのか、そして時折インサートされるルイーズと娘・ハンナとの記憶です。これらは密接に絡み合っていて、言語学における「サピア=ウォーフの仮説」がひとつキーワードとなっています。詳細は省きますが、簡単に言うと「言語はその話者の世界観の形成に差異的に関与する」というものです。例えば、英語だと主語の次にすぐ述語が来るので、結論を先に言わなくてはいけませんが、対して日本語や韓国語では述語が来るのは文章の最後なので、結論が最後になります。話している最中に結論を変えてもいいのです。なので英語よりも優柔不断な場合が多い、みたいな話です。劇中で一つキーとして出てくるのは、ヘプタポッドには時間という概念がないという事実です。過去も現在も未来も区別がなく、時制を超越しているのです。では、サピア=ウォーフ仮説が正しいとして、ヘプタポッドの言語を理解し始めたルイーズにどういう影響が出始めるのか。ここまで来て、見ている側にも理解できるのです。ヴィルヌーヴ監督は冒頭からハンナとルイーズのシーンを明らかに回想シーンのように撮っているのですが、それは意図的なミスリードだと思います。ルイーズに生まれたハンナという娘、そして彼女が病魔に侵されて亡くなってしまう悲劇。それはこれから起こる未来の話だったのです。
 ヘプタポッドが描く文字のように、映画自体も円環構造でオープニングと同じ場面で終わします。本作は「未来に悲劇が待っていると知って、選択を変えるか否か?」と問いかけるのです。ルイーズはハンナを産むことを選びます。その選択を支持するかどうかは意見があ分かれるでしょうが、それは本作の評価には関係ないと思います。未来のビジョンから現在の行動が変化するので、明確にタイムパラドックスになっているところが引っ掛かる人も多いと思います。でもこれだけあからさまにやっているのはやはり意図的なんじゃないかと思います。この映画が伝えたいのは科学的に正しい考証ではなく、「あなたの人生の物語」なのだから。
 SFでありながら、その実は人間への根源的な問いかけになっているという、非常に哲学的な映画でした。アカデミーで作品賞はじめ複数ノミネートされたのもそういう部分でしょう。先に見た『パッセンジャー』もそうだったけど、見た後で感想を語り合いたくなる映画です。


■2位:ベイビー・ドライバー

 オープニングのカーチェイスシーン。ジョン・スペンサー・ブルース・エクスプロージョンの「ベルボトム」に合わせて展開される、スピード感あふれるカーアクションが異常なカッコよさです。一部では「カーチェイス版『ラ・ラ・ランド』」などとも言われているようですが、実際『ラ・ラ・ランド』のオープニング「Another day of sun」に負けるとも劣らない見事なアバンタイトルだと思います。ベイビーが常に音楽を聞いているという設定もあり、この映画では常にバックに流れる音楽が大きな意味を持ちます。登場人物のセリフや生活音(靴音、テーブルにカップを置く音、ドアが閉まる音etc)など、様々な音がBGMとシンクロするように作られている。偏執的と言えるほど拘った撮影と編集だと思います。当然ながらそこで流れる曲はなぜそのシーンでこの曲なのかという意味がきちんと込められているわけです。『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』や『オデッセイ』など、最近はこうした手法で音楽を重要な要素にしている作品も多いですが、映像とのシンクロという意味でも本作の拘りはひとつ頂点を極めてしまったと思えるほどです。エドガー・ライト監督は『ホット・ファズ―俺たちスーパーポリスメン!』や『ワールズ・エンド 酔っ払いが世界を救う!』などの過去作でもオタク的な小ネタや拘りを随所に見せていましたが、今回は天晴な所まで来たと思います。
 カーアクションと音楽だけの映画ではなく、過去にトラウマを負った少年がそれを乗り越えるという成長物語でもあります。耳鳴りはベイビーにとって真正面から向き合いたくない過去の記憶であり、息苦しい世の中そのものの象徴でもあるのでしょう。そこから彼を救いだすのがヒロインのデボラであり、ラストでこれまでの罪を償い、子供(ベイビー)から大人になった彼にはもう耳鳴りは聞こえていないのです。作品の元ネタとしてグレアム・グリーンの小説「ブライトン・ロック」があるというのは町山智浩氏の解説でもわかりやすく指摘されていますが、読んでいなくても問題はありません。ただ、ベイビーが最も好きな曲がクイーンの「ブライトン・ロック」であるのはその小説のタイトルから来ているということを覚えておけばいいと思います。素晴らしい音楽映画であり、青春映画。エドガー・ライト監督にとってもキャリア最高の傑作だと思います。


■1位:ドリーム

 プロットを聞いただけでこれは絶対見たい!と思った映画だし、実際見てみて期待以上。日本公開が遅れたのは客が呼べるスターが出ていないとか、題材が地味とかいろいろと理由はあるのだろうけど、こういう映画こそ、ちゃんと宣伝して伝えるべきと思います。昨年『この世界の片隅に』が証明したように、口コミでもちゃんと広がりますよ。「私たちのアポロ計画」とかふざけた邦題つけなくて本当によかったと思います。
 とにかく、演出が丁寧。台詞だけでなく、画面の構図や役者の所作、劇伴の音楽など、いろいろな所で前に出てきたものが活かされる作りになっています。それが単なる伏線の回収ではなく、物語の推進力を増し、感動を呼び起こす装置として見事に機能していて上手いと唸ってしまうシーンがいくつもありました。白眉は、やはりケビン・コスナー演じる技術責任者がキャサリンに「ある物」を手渡すシーン。ここは冒頭のシーンと重ね合わさって涙が止まりませんでした。
 全ては「前例がない」という理由ではねつけられる。メアリーが白人専用高に行くために訴えるシーンも爽快でした。。誰かが最初に、ファースト・ペンギンにならなくてはいけない。前例がない有人宇宙飛行をやろうとしているのに、前例に囚われていてどうするのか。クライマックスに向け、NASAの中にそうした垣根が取り払われていくのは心が熱くなりました。
 本作がアメリカで『ラ・ラ・ランド』を超えるヒットになったのは、親が子供連れで、特に黒人で女の子を持つ親が子供に見せるために足を運んだからだそうですね。理系離れと言われ、大学の研究費も削減されっぱなしの日本でも、この映画は多くの人に見られて然るべきだと思います。この映画は様々なハードルや困難を乗り越えて何かを達成する人たちの物語。そのハードルとは主人公たちにとっては人種差別や偏見ですが、人類にとっては宇宙へ行くために重力を乗り越えるということでもあると思います。主人公たちが頭脳と能力で周囲を認めさせると同時に、人間が科学の力によって重力を超え宇宙へ行くというカタルシスが並行して描かれています。この映画のテーマは人種差別ですが、それと同時に人間賛歌、科学賛歌でもあったと思います。


 個人的に『ドリーム』はやっぱり頭一つ抜けてたなと思いますが、他にもいい映画は多くて10本選ぶとなるとどれを外すか悩むところでした。『ムーンライト』『ハクソー・リッジ』『ダンケルク』『アトミック・ブロンド』『ブレードランナー2049』『ELLE』、などなど。来年も50本目標に映画館に通おうと思います。今年はHDDに録りためた昔の作品を見る時間があまり取れなかったのでその辺も来年は頑張ろうと思います。

2017年・私的ベスト10~映画編(1)~

 今年も劇場で50本を目標にしましたが惜しくも届かず。来年がんばります。今年は上位3本は別格で、それ以外はほぼ同列。全部好き。そんな感じです。なので順位にあまり意味はないかもしれません。

■10位:沈黙-サイレンス-

 遠藤周作の「沈黙」を、巨匠マーティン・スコセッシが映画化。実に、企画から30年近くかかって実現した作品とのこと。本作が原作小説をいかに忠実に、そして丁寧に描写しているかは、遠藤周作の弟子である作家の加藤宗哉氏インタビューを読むと非常によくわかります。
http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/interview/15/238739/012700229/

 ここでも言及されているのですがキチジローは周作本人であり、また弱い人間そのものの象徴だと思います。強い信念を持って生き続けられない、市井の人々の象徴としてキチジローは描かれている。彼はアンドリュー・ガーフィールド演じるロドリゴ神父と対をなす存在ですが、ロドリゴも劇中で彼を嫌忌します。ロゴリゴはキチジローの弱さが自分の中にもあることを知っているからでしょう。写し鏡のように、彼の弱さに向かい合うのが怖いのだと思います。そしてその弱さというのは宗教とは別にして、目の前にある現実や理想との乖離に対して、多かれ少なかれ誰しもが持つものだと思います。そういう普遍的なものを描いている作品だと思います。
 とにかく重厚で、見ごたえのあるドラマです。画面の美しさも素晴らしい。日本人キャストも総じて良かった。強烈な印象を残すイッセー尾形窪塚洋介浅野忠信はもちろん、モキチ役の塚本晋也は素晴らしかったと思います。日本人や日本文化、日本語の台詞や細かい風俗に至るまで、ハリウッドでここまで正しく日本が描かれた映画は殆どなかったんじゃないだろうかと思います。テーマとしては重いし、長いし、見終わって爽快感やカタルシスがある作品ではないけど、見ておいてよかったと思いました。


■9位:ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー2

 私も意地でも『リミックス』という邦題は使わない派です(笑)。
 いわゆるマーベル・シネマティック・ユニヴァース(MCU)作品でも今年最も注目されていた作品でしょう。大ヒットとなった前作を受けて、予算もスケールも大きくなった2作目。
 前作のラストで暗示されていた通り、今作は主人公ピーター・クイルと父親の関係を描いたものですが、それだけに留まらず父子、家族、仲間、姉妹、様々な「絆」の映画でした。フリートウッド・マック「ザ・チェイン」が要所で流れるのも当然。その他音楽の使い方は相変わらず素晴らしい。ジェームズ・ガン監督天晴です!前作に比べて曲が地味なんじゃないかという意見もあるようですが、曲単体のクオリティは高いままに映画との結びつきはむしろ前作の比じゃないわけで。よくぞこの選曲をしたなあと思う他ないです。前述の「ザ・チェイン」、ジョージ・ハリスン「マイ・スウィート・ロード」、キャット・スティーブンス「父と子」(これがかかるシーンは泣ける!)のようなあからさまに重要な意味を持つ曲はもちろん、冒頭に流れるELO「Mr,ブルースカイ」がクライマックスでそう来たか!と思わせる展開に繋がるのはやられました。個人的にはサントラを聞いてから見に行った方がいいと思います。『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』(GotG)以降、ありものの曲を使って劇中の展開とリンクさせるようなやりかたは『オデッセイ』や『スーサイド・スクワッド』など一種ブームのようになりましたけど、ジェームズ・ガン監督のセンスはその中でも目立ってると思います。
 あと、とにかく絵が綺麗。色が美しい。黒基調の宇宙ものというイメージを覆して、ほぼサイケデリックとすら言えるカラフルさ。ロジャー・ディーンの描いたYESのアルバムジャケットみたいなのですよ。近年はダークでシリアス路線になりがちなアメコミヒーローものですが、軽口をたたき続ける登場人物たちの軽妙なやり取りやポップな音楽で全編を彩るGotGはそれとは一線を画しています。しかしそれでいて内容が浅いわけではない。ハリウッドの大作映画としては現在最高のクオリティの一作と言っていいのではないでしょうか。


■8位:お嬢さん

 公開前から相当エロいという話は聞いていて、R18というレイティングでどんなものかと期待は膨らむばかりでした。原作はイギリスのサラ・ウォーターズが書いた「荊の城」。舞台設定をヴィクトリア朝から日本統治時代の朝鮮に変更しています。
 同じ時間軸の話を登場人物の視点を変えて描く第一部と第二部。これにより、同じ画面も全く違う意味を持つ仕掛けになっています。主要キャストそれぞれがお互いに裏を持って相手を騙しているという設定なので、パタパタとドミノが倒れていくように伏線や謎が回収されていくさまは実に鮮やか。そうしたどんでん返しやミステリー、サスペンスとしての面白さはもちろん、画面の美しさとエロさの変態性が映画に奥行きとオリジナリティを与えていると思います。日本人がむしろ忘れかけている(ような気がする)大正~昭和初期のエログロさ、江戸川乱歩夢野久作のような妖しさと不気味さとどこかコミカルさを持つ演出。体当たり演技を見せた主演女優二人はもう、満点です。印象に残るシーンは多いですが、直接的なベッドシーンよりも珠子が秀子の歯を指貫でしこしこと削るシーンがとてつもなくエロかったです。ここの長回しワンカットのシーンががチャヌク監督の変態性をよく表していたのではないでしょうか。
 原作と大幅に変更したという第三部とラスト。個人的にはもうひと波乱あるかと思っていたので若干拍子抜けでしたが、ヒロイン二人の解放ということを考えればこれでよかったのかもしれません。キャストたちが話す日本語は多少のぎこちなさがあるものの、非常に頑張っていたと思います。ここでも主演女優二人は文句なしでした。


■7位:ギフテッド

 「ギフテッド」とは、先天的に平均よりも顕著に高度な知的能力を持っている人のこと。そうした子供に対して通常の学校に通わせるのではなく、特別に支援する教育のことを「ギフテッド教育」という。本作では数学に対して特別な才能を持つ7歳の女の子、メアリーが主人公。
 メアリーに対して普通の教育を受け普通の人生を歩ませたい叔父と、ギフテッド教育によりその才能を開花させようとする祖母がメアリーの親権と教育権を争う。日本ではアメリカに比べて一般的ではないギフテッド教育ですが、詳しい背景などを知らなくても問題ない映画です。要は、子供にとって何が幸せなのか、人生にとって何が幸せなのか、という根源的な問いかけになっています。人間ドラマと法廷劇が中心ですが、とにかくメアリー役のマッケナ・グレイスちゃんの演技が素晴らしい。乳歯が抜けて前歯がないのもキュートで、表情や台詞回しは大人の役者顔負け。子供らしさだけでなく大人びた複雑な感情も見事に表現していて、末恐ろしいですね。物語や状況としては全く違いますが、子役の圧倒的な演技と父親(本作では父親代わりの叔父ですが)と少女の絆、彼女にとっての幸せとは何かをテーマにしているという意味では『アイ・アム・サム』を思い出しながら見てました。あの映画ではダコタ・ファニングがすごかったですね。
 映画の中ではリンゼイ・ダンカン演じる祖母が悪役という風になってしまうんですが、決してそうとばかりも言えず。純粋にメアリーのため、そしてメアリーの才能を伸ばすことが人類のためだと思って行動している節もある。いわゆる毒親問題とも関わってくると思うんですが、第三者から見て毒親かどうかという判断は非常に難しくて、ギフテッド教育が一般的でない日本でもいろんな視点で考えさせられる映画だと思います。エンディングについては賛否あるようですが、このどっちつかずでモヤモヤした結末はとてもリアルだと思いました。でもその中でメアリーが楽しく笑っているというのが全てじゃないでしょうか。
 マーク・ウェブ監督にとっては尻切れトンボになった『アメイジングスパイダーマン』シリーズからの復帰作で、元々のフィールドである小規模予算のミニシアター系映画に帰ってきたという所でしょう。映画のテイストとはやや違うかもしれませんがのびのびと撮っている様が感じられて良かったです。


■6位:ラ・ラ・ランド

 長文感想はすでにブログに書いています。
http://magro.hatenablog.com/entry/2017/04/03/122441

 ミュージカルとしては申し分なしです。ですが物語、テーマとしては違和感を感じました。主人公たちの夢に対する考え方や彼らの選んだ人生とその描き方についてです。見た人それぞれに納得いかない部分や意見はあるでしょうが、映画としての評価はまた別です。過去の遺物としてほぼ消え去ったかに見えるオリジナルのミュージカルをハリウッドに復活させるという壮大な野望をチャゼル監督はやり遂げたわけです。映画史に残るであろうアバンタイトル、高速道路でのミュージカルシーンはやはり秀逸です。2017年は『ラ・ラ・ランド』があったと記憶されるような象徴的な一本であることは間違いないと思います。

(続きます)

歓びをともに分かち合う「しあわせ」な夜。

NONA REEVES “MISSION 2017”
■2017/11/18@札幌Sound Lab mole

 20周年アニバーサリーイヤーのノーナは2枚のベスト盤をリリースし、満を持して『MISSION』というアルバムを作った。長く音楽を聞いていると軽々しく「最高傑作」という言葉を使いたくなくなってくるのだけど、『MISSION』はそう呼ぶにふさわしいものだと思う。20年間積み上げてきたものを惜しげもなく注ぎ込み、これからのノーナも魅力的であると確信させる充実の一枚。各曲どのフレーズ、どのアレンジを切り取っても「こういうものを作りたい」という意図に溢れていて隙がない。2017年の邦楽シーンともリンクした本当にいいアルバムだと思います。
 そんな『MISSION』を引っ提げての全国ツアー、この札幌がファイナル。ファイナルということは新作の曲も演奏がこなれているということ。アルバムと同じく冒頭を飾る「ヴァンパイア・ブギーナイツ」から一気に盛り上がる。ノーナにしてはハードなリフを持つ曲だけど、メロディーラインはポップ。バンドの気合も感じるオープニング。セットリストを見返すと『MISSION』の曲は「未知なるファンク」を除き全曲演奏したのだけれど、アルバムの曲順通りに並んでいることに気付く。新作の流れは壊さず現在進行形のノーナをきっちりと見せつつ、回想シーンのように合間に過去曲、定番曲が挿入されていくという構成。「Danger Lover」と「Love Together」はメドレーで演奏された。BPMが同じなのでDJでも繋げてプレイできるとのこと。今度やってみよう。「Danger Lover」のいつか(Charisma.com)パートのラップ、そして「記憶の破片」の原田郁子パートは真城めぐみが担当。謙虚にふるまいつつ見事なラップを披露してました。彼女をはじめ、村田シゲ(b)、冨田譲(key)とおなじみの面々とのアンサンブルも阿吽の呼吸。ライブバンドとしてもこの布陣のノーナは最強と言っていいと思う。
 珠玉のバラード「NOVEMBER」は雨の歌だけど、札幌は前日から雪。でも奥田氏の言うとおり、「外は寒いけど中は熱い!」でした。しかし奥田氏は最初「中は寒いけど外は熱い!」と言い間違えていた(笑)。知らなかったというか気づかなかったというか。MCで郷太氏が言っていたのだけど、ノーナの曲タイトルは80sっぽい単語を意図して付けているらしく、どうしても似たような単語が頻出してしまうらしい(Love,Girl,Surviveなど)。20年間やってるとネタが尽きてきたので80年代っぽい単語募集しますみたいなことを言っていた。CityとかTownとかTouchとかどうですかね(もう結構使われてるか)。
 本編ラストの「Glory Sunset」はアルバムのラストの曲でもある。20年の間に仲間だったミュージシャン、バンドが活動をやめてしまうこともたくさんあったという。そうした仲間や同志に向けて、そしてこれからも歩み続ける自分たちに向けて万感の思いを歌うこの曲はノーナの新たなスタンダードになると思う。2度目のアンコール、まったくノープランで曲を決めてないということで、フロアからリクエストを募る。「ウチのバンドは優秀なので何が来ても演奏できるから!」と郷太氏。いろいろな曲が出る中、誘導されるように(笑)ツアーラストの曲は「NEW SOUL」に。20年を経たノーナの新たなスタートを祝福するような大団円だったと思うし、この日集まったファンと歓びをともに分かち合う、そんな「しあわせ」なライブを締めくくるのにふさわしい曲だと思った。新作の充実ぶりを反映したかのように素晴らしいライブでした。
 あと、ノーナのライブでいつも思うのはホーム感がすごくて。リピーターは当然多いとは思うんだけど、それだけじゃなく、ステージと客席の距離感がとても近いと思う。ライブ後にサイン会やったり直接触れ合う機会が多いとか、郷太氏のメディア活動もラジオが主体だとかいろいろ理由はあるのだろうけど。僕はどちらかというとライブでステージに向かって声をかけたりはしない方なんだけど、ノーナのライブだとついついやってしまう。昔いた「洋楽とかに詳しい近所の兄ちゃん」的な感覚なのかもしれない。(僕の方が少し年上だけど)そんなアットホームな雰囲気も含めて、「ノーナ最高!」な夜でした。

■SET LIST
1.ヴァンパイア・ブギーナイツ
2.Survive Your Life
3.Sweet Surviver
4.夢の恋人
5.Danger Lover
6.Love Together
7.NEW FUNK
8.LAST ROMANCE
9.NOVEMBER
10.スパイシー
11.大逆転
12.麗しのブロンディ
13.記憶の破片
14.O-V-E-R-H-E-A-T
15.DAYDREAM PARK
16.LOVE ALIVE
17.Glory Sunset<アンコール1>
18.DJ! DJ!~とどかぬ想い~
19.NNRブレイクダウン~サニーに捧ぐ~
20.Lucky Guy<アンコール2>
21.NEW SOUL

f:id:magro:20171120222651j:plain

煮詰めてこそのシロップ。

syrup16g COPY発売16周年記念ツアー 十六夜<IZAYOI>
■2017/10/25@ペニーレーン24

 2001年発表のアルバム『COPY』。シロップ16gの1stフルアルバム。彼らが世の中に注目されるきっかけとなった作品であり、代表作と言っていい。そして個人的には、2000年代の邦楽ロックで10枚選べと言われたら絶対に入る傑作であると思う。その『COPY』のリリース16周年を記念しての今回のツアー。「十六夜」という名前の通り、全16回公演が予定されている。この札幌は第七夜で、前半のトリとなる。ツアー後半は2018年2月に再開される。
 シンプルなギターのSEでメンバー登場。そのまま、SEのギターに乗せて「She was beautiful」へ。続けて「無効の日」。この冒頭の2曲でああ、今日来てよかったと思った。中畑が立ち上がり、MCを行う。「日本で最高の3ピースロックバンド、シロップ16gです」大歓声。「こうやって自分たちの首をしめていかないとなかなか本気出さない不器用なバンドなので」。そして今日の札幌がツアー前半のトリということで、五十嵐に対し「今日仕事納めでしょ?」といじる。メンバー紹介で最後に五十嵐を紹介しようとしたところですかさず「Drawn the light」のリフを弾きまくる五十嵐。久々に顔を見たけど、元気そうで安心した。
 当然ながら、『COPY』からは全曲演奏。本編は『COPY』から2曲、他から1曲というパターンを繰り返す。間に入る曲も初期の曲から再結成以降の曲まで幅広い。ただこうして『COPY』の曲をまとめてどっしりとライブで聞くとやはりもうここにシロップというバンドのエッセンスは全てあると言ってしまっていいのではないかと思う。個人的な思い入れがあるのは否定しないけど、それだけではないと思う。その後のシロップの名曲、傑作も結局は『COPY』の再生産のようなものなのではないか。言葉は悪いけど否定的な意味ではなく、五十嵐が曲にしたいことなんて『COPY』の10曲で十分なんじゃないかと思うのだ。それを別の角度から見たり言い方を変えたりしているだけなんじゃないか、と。『COPY』というアルバムはそれだけ絶対的なものなのだと思う。ファンにとっても、バンドにとっても。未発表曲集『delaidback』からも演ってくれたが、どの時代の曲を聞いてもここまで印象が変わらないバンドも珍しいと思う。
 シロップというバンドは永遠のモラトリアムみたいなバンドだと思っていて、少なくとも五十嵐にとっては青春そのものだし良いことも悪いことも全部ここにあるような場所だと思う。3年前にそれを再始動させたのはどういう意図や心境の変化なのかはわからない。もしかしたら何かを先延ばしにするだけなのかもしれない。同じことを繰り返しているだけなのかもしれない。それでも僕は、シロップ16gというバンドが活動している方が、五十嵐隆という人が世界と繋がる場所がある方がいいと思う。

■SET LIST
1.She was beautiful
2.無効の日
3.Sonic Disorder
4.君待ち
5.デイパス
6.サイケデリック後遺症
7.(I can't) Change the world
8.Drawn the light
9.My Love's Sold
10.生活
11.負け犬
12.宇宙遊泳
13.パッチワーク
14.土曜日
<アンコール1>
15.Star Slave
16.Share the light
17.vampire's Store
18.落堕
<アンコール2>
19.Deathparade
20.coup d'Etat
21.空をなくす
22.真空
<アンコール3>
23.翌日

delaidback

delaidback

心地良きゆらぎ。

Cornelius Mellow Waves Tour 2017
■2017/10/13@札幌ペニーレーン24

 新作『Mellow Waves』がオリジナルとしては実に11年ぶり、ライブツアーで札幌に来るのも実に10年と7か月ぶり。ただ、夏にフェスで一度ステージを見ているので新作の曲をステージで演奏するイメージは何となくできていた。そう、今年のコーネリアスは新作のリリースパーティーを7月に行い、夏フェス行脚をしてからのこのツアーである。下準備は整っていて、ツアー序盤とは言っても演奏の習熟度は高いと言っていいと思う。そういう期待を込めてのライブだった。
 ステージ前には白いスクリーン。開演前から、そこにゆらゆらと動く円環状の波が映し出されている。客電が落ち、あらきゆうこのドラムが鳴り出すとそれにシンクロして波の形状が変わっていく。前回『Sensuous』のツアーは「Synchronized Show」と銘打たれていて、文字通り映像と演奏のシンクロ率の高さがライブの目玉だった。しかし今回はもうそれは当たり前のことになっていて、それをどう発展させるか、どう見せるかという試行錯誤が見えた。前作までの曲に使われる映像は基本的に変わっていないので安心感はあるけれど驚きはない。ただ、前回のツアーからは10年以上、『Point』時の映像だともう15年以上が経過しているのに古さやダサさを感じさせないのはすごい。今見ても改めてカッコいい。
 『Point』『Sensuous』ではサウンドのコラージュ感が強く、それに伴って歌詞は単語や音節にまで分解され、全体としての意味よりも発語、発音を楽器音の一つとして処理するような感覚だったと思う。新作『Mellow Waves』はボーカル曲での歌モノとしての比重が高く、歌詞も自らではなく坂本慎太郎(exゆらゆら帝国)に依頼し今までと違うラブソングがあったりと、意識的に新しいことをやっている。どこか幾何学的にサウンドを構築していた前作までと変わり、よりエモーショナルに、人間的な揺らぎをイメージしていると思う。ライブでシームレスに曲が演奏されると、その「揺らぎ」がより見えてくる気がする。小山田圭吾のギターもブルースやフォークっぽい感じのソロが増えるのだ。
 堀江博久大野由美子Buffalo Daughter)、あらきゆうこはコーラスのスキルも高く、マルチプレイヤーでもある。おそらく打ち込みやテープに頼らず殆どの音を4人だけで演奏していたと思うのだけど、タイミングやブレイクもばっちりでここもシンクロ率が高いと感服。幾何学的、と言った過去曲も、生演奏だとやはり血の通った音に聞こえてくる。人間が組み立てる構造物の美しさみたいなものが見えてくるのだ。聴覚だけでなく視覚でも刺激を受ける立体的なショウとして文句なしのクオリティだと思った。いいものを見させていただきました。

■SET LIST
1.いつか/どこか
2.Helix/Spiral
3.Drop
4.Point of View Point
5.Count Five or Six
6.I Hate Hate
7.Wataridori
8.The Spell of a Vanising Loveliness
9.Tone Twilight Zone
10.Smoke
11.未来の人へ
12.Surfing on Mellow Wave pt 2
13.夢の中で
14.Beep It
15.Fit Song
16.Gum
17.Star Fruits Surf Rider
18.あなたがいるなら<アンコール>
19.Breezin'
20.Chapter8~Seashore And Horizon
21.E