無事なる男

敗北と死に至る道を淡々と書いています。

ビートとロマンの間で。

Come With Us

Come With Us

 ダンスミュージックに対してまず第一に求められるものはいかに踊れらせてくれるかという機能性だと思う。しかし踊っている時の昂揚感を思い出していただけるとわかると思うのだけど、ダンスミュージックというのはすごくロマンチックな音楽でもある。だからと言って作り手のエモーションやメッセージ性などがヘタに入り込んでくると途端にステップが重くなってしまったりもする。ダンスミュージックにとって作り手の感情を吐露するようなロック的なロマンチシズムは諸刃の剣といえると思う。
 ケミカル・ブラザーズは、その点非常に優れたバランス感覚でダンスとロックの間を自由に行き来しているユニットだ。ロック的なロマンを求める時には外部からのボーカルを借り、ベス・オートンというディーバの歌声はビートの強靭さと対をなし、彼らの音楽にアーティスティックな奥行きを与える。実に自然にロックリスナーを取り込んだのも当然の結果だったと思う。実際、前作『サレンダー』などは凡百のロックバンドなどよりもはるかに深い内省的、哲学的なアルバムだったし。(しかし、その分確かに踊りにくくはなっていたとも思うけれども)
 今作も、"It Began In Afrika"のトライバルなビートと、"Star Guitar"の持つ浮遊感(宮崎駿のアニメの空を飛ぶシーンのようだ)、"The State We're In"はもうダンスとか言う以前に単純にいい曲だし、全編これ見事なバランスで一枚聞かせてしまう。最初から最後まで全て一曲で繋がっているような錯覚に落ちることもあるし、逆にどこから聞いてもどこで止めてもいい。まるで山手線のようなアルバムだ。"The Test"において、リチャード・アシュクロフトのVERVE時代(特に2枚目までの頃)を彷彿とさせるレアなヤバさを秘めたボーカルが復活しているのも彼らのバランス感覚と柔軟性のなせる技だろう。当然、ハイライトはこのラストナンバー。
 フロアと自分の部屋の垣根を無くしてしまった功績は、ロックにとってもダンス/テクノにとっても大きなものだったと改めて思う。